うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

引き算しかできない算盤で経済を語るな

 中国の自動車市場で日本メーカーが苦戦している。

 BMWやベンツ、フォルクスワーゲンアウディなどのドイツ車メーカーとの競合が激化し、高級車のみならず、カムリ(トヨタ)、アコード(ホンダ)、ティアナ(日産)などのアッパーミドルクラス層でも今年4月の販売台数が前月対比で2,800台~8,900台も減少したことを受けて、1台当り20~40万円近い値引きを余儀なくされているとのことだ。

 日系自動車メーカーは、つい3か月ほど前には中国市場を高級車やアッパーミドルクラス車の有力な市場として持ち上げ、トヨタがレクサスの今年の販売目標を前年比56%増に設定するなど中国市場での大躍進を自信満々に語っていたはずだが、早くも躓いたようだ。

 また、最近では楽天やYAHOOが中国での通販事業からの撤退を発表したが、それ以前にもグーグルや大林組NEC東芝など国内外の名立たる企業が撤退や失敗をしている。

 中国での商慣習の違いやマーケティングの失敗、法規制や従業員教育の失敗など様々な事情や理由はあるだろう。

 ただひとつ言えることは、これこそが、新自由主義者構造改革主義者が愛して止まない“アジアの内需”の実像だということだ。

 成長するアジアを取り込め、と意気込んでみても、その成長の源泉はアジアの新興諸国が自ら創造したものではなく、日本や欧米諸国といった先進国の中小企業や中間層に落ちるべき所得を強制的に移転させたものに過ぎない。アジアの新興諸国では、安い労働力やいい加減な労働規制を武器に先進諸国から雇用や生産拠点を吸い上げてきたが、戦後の日本のように、そこで生じた所得を国内で循環させる仕組みを今になっても創り上げることができていないし、この先も創れないままであろう。

 韓国の大統領が、自分の在籍期間中にできるだけ取るものを取っておこうと一族郎党が寄ってたかって不正蓄財をやらかす(決まって退任後に問題が発覚する)ように、アジア新興諸国の政治指導者層には、数十年先を見据えて国全体の基礎や基盤を強化して行こうとする発想が足りない。国民にもこうした短視的な思考が蔓延し、自分が生きている間にいかに他人を蹴落として儲けるかに汲々としており、富を国内に広く分配して長期的な視点から国富を蓄えて行こうとする発想がない。

 このため、彼らは永遠に外需依存の体質から抜け切れず、内需創造型の経済体制に移行することは不可能であろう。

 アジアの新興諸国は、この先もその成長の源泉を先進諸国への輸出(外需)に求め続けることになるが、一方で、財政赤字やデフレに苦しむ先進諸国では、頭のおかしな緊縮財政派の声に押されて財政政策による内需拡大への道が閉ざされ、止むを得ず成長するアジアへの輸出(外需)に活路を見出そうとしている。

 このように、互いの懐を狙い合うような、いわば押売り同士のチキンレースが続くようなら双方の市場内でますます競合が激化し、先進諸国のデフレが新興諸国に感染することになろう。それは第二次世界恐慌を招来し、後世の歴史の教科書を賑わすことになるだろう。

 さて、国会における消費税増税論議では、軽減税率の話題が出るなど増税に向けた条件闘争の域に入ったようで、反増税派が徐々に外堀を埋められつつあるのを感じる。

 増税に反対の意を表明する小沢派の動きも鈍く、また、肝心の野党第一党の姿勢もあいまいなままであり、いかに現政権の支持率が地に落ちたとはいえ、こと消費税増税に関してはマスコミや財務省の強力なバックアップがある以上、このまま押し切られる公算が強いのではないかと危惧している。

 消費税増税に関するインタビュー映像等を見ても、「子供や孫に借金を残すべきではない」とか「使いみちがキチンと納得できるものなら仕方ない」、「少子高齢化だから仕方ない」などといった定番ものから、「まずは行政の無駄遣いをなくすべきだ」といった相変わらずの勘違いものまで様々だが、増税やデフレがもたらす弊害を甘く見ている意見がほとんどだ。

 彼らは、マスコミの洗脳により日本が財政破綻寸前だと信じ込み、デフレによって自らの収入が減っていることや息子や娘の就職口が無くなっていることに気付こうとしない。

 景気が悪いのは、日本が借金大国だからだとか官僚が無駄遣いするから、あるいは、公共事業のやり過ぎのせいだなどと本気で信じ込んでいる。

 彼らに景気対策の処方箋を尋ねると、行政の無駄を省けとか既得権益に切り込め、TPPに参加して国を開け、積極的に海外市場を開拓しろ、人件費の安い外国人を使え、労働規制を緩和しろなどといった支離滅裂なものから、大阪の中学生市長を総理大臣にしろといった類のものまで役に立たない提案ばかりが出てくる。

 こういった国民経済の成長にとって逆噴射的な意見が噴出する要因として、長引くデフレ不況により、国民が足し算の発想をする習慣を忘れてしまっていることが挙げられる。

 今日より明日の生活を良くしたいという当たり前の発想が贅沢だと否定され、なんとか生活レベルを現状維持しよう、あるいは、悪化する速度を少しでも緩めようとすることに汲々とさせられる状態では、投資よりも貯蓄が、支出よりも削減が、向上よりも我慢が、発展よりも維持・縮小が優先される。

 だが、財政問題とか少子高齢化とかいった逃げ口上を盾に、そういった引き算の発想に逃げ込んでいては、徐々に合わせるべき“身の丈“は小さくなり、やがて身につけることもできなくなるだろう。

 冒頭の自動車メーカーの事例を挙げるまでもなく、外需の開拓などは国民経済(GDP)の向上にとって本筋の議論ではない。そんなものはあくまでプラスアルファの範疇に過ぎない。

 国民経済を成長させ、国民一人一人の生活向上を実現しようとするのなら、堂々と内需の拡大を目指し、それに必要な財政金融政策を着実に実行すべきである。