うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

「借りるカネ」なら、もう結構

 経済用語に関する誤用や誤解を招く表現は多い。

 新聞や雑誌などのメディアでよく目にするのが、金融政策を通じて「政府や日銀により市場に資金がじゃぶじゃぶに供給されている」というもので、この後には必ず、これだけじゃぶじゃぶに資金が溢れているのに一向に景気が回復しない、とか、日本の経済構造が変わってしまい景気を刺激しても仕方がない等といったニュアンスの戯言が続く。

 確かに資金は“じゃぶじゃぶ”にある。問題なのは、それらが「貸すためのカネ」ばかりという点にある。

 日銀が金融政策を通じて金融機関等から国債等を買い取り、その買取資金が金融機関の口座に溢れかえるさまを見て資金がじゃぶじゃぶだと騒いでいるようだが、そんな呑気なことを言っていられるのは、景気が過熱して 市場の資金が不足し金利が上昇局面にあるようなケースの場合である。

 直近の日銀資料では、国内銀行の預貸差(預金-貸出の額)はH24/2時点で185兆円(預金595兆円-貸出410兆円)とH21年末(預金567兆円-貸出417兆円)と比較して35兆円も増加している。しかも、貸出金利の平均はH23年末/1.655%からH24/2/1.442%へ低下している。これだけの預貸差拡大や金利低下は、借入意欲や借入ニーズの低下を示す市場からのシグナルと言え、個々の企業の問題は別として、平たく言えば、企業か家計かを問わず当面借入は必要ありませんといったところだろう。

 一方で金融機関の貸出意欲はどうかというと、金融機関の貸出態度判断DIの推移を見ると全規模で7%pt、中小企業でも0%ptを超えて(日銀、H24/3時点)おり、リーマンショックで一時的に落ち込んだものの、その後は貸出に前向きな姿勢を示している。

 前述のように、銀行にとって強制的な借金とも言える「預金」が一方的に増加し続けている環境下で、企業や家計が借入返済に熱中する有り様では適切な資金運用ができずに商売あがったりである。だからこそ、行き場のない余剰資金(預金)を国債購入に振り向けるしかなく、金融機関の国債保有高は増加している。

 世間では銀行に産業育成の役割を期待しているのか、銀行の融資姿勢を消極的と批判し、もっとリスクを取って日本をリードする新産業を発掘せよとけしかける。

 また、担保や保証人依存で事業性を評価するスキルがないとか旧態依然とした融資から脱却しろなどといった批判もよく耳にする。

 だが、残念ながら、いまの銀行にはそんな過大な期待に応える能力も方針もない。

融資の現場をよく知らずに好き勝手なことを言う人は、「新産業」と呼ばれるベンチャー企業や既存企業の事業計画のレベルを理解していない。

 企業全体の借入や投資意欲が低迷する中で、そういったベンチャー企業や既存企業の新規事業などの投資意欲は確かに高いものがある。1千万円に満たない売上しかない企業が1億円近い設備投資を計画した挙句に、必要資金の100%を融資で賄おうとする頭のおかしな事例など事欠かない。

 これまでに筆者が相談を受けてきた数多の経験からして、こういったベンチャー企業に限らず創業者やものづくり系の企業経営者の類いは機械や設備投資に異様な情熱を燃やすことが多いが、彼らの脳裏に綿密な返済計画があるかどうかは疑わしい。大概は、多額の融資を受けて購入した機械を稼働させることができずに、ただうっとりと眺めるだけで終わってしまう。また、ベンチャー企業や経営力が脆弱な経営者ほど身の丈をはるかに超えるような社会貢献をやりたがるから始末に負えない。

 また、時勢や時流に乗っかろうとする安易や事業計画も多い。携帯電話の普及期には携帯サイトの作成サービスや携帯関連ビジネスを、生キャラメルが流行れば地域の食材を混ぜた生キャラメルを、環境問題が持て囃されると風力発電だのバイオマスボイラーだのと見境なく流行りものに飛び乗ろうとする案件が実に多い。こんなものは流行り始めてから参入してもすでに手遅れである。マーケットが成長する前から愚かな参入者がどっと押し寄せた挙句に、すぐに価格競争が始まり値崩れを起こすのが関の山だ。後に残るのは、使われない製造機械と不良債権の山だけである。いったい何年経営者をやってきたのかと呆れ返る。

 日ごろ、銀行の融資姿勢を批判する外野の人間は、預金者の立場としてこういった幼稚な起業家の連中をどう評価するのだろうか。自分の預金を犠牲にしてまで、彼らを支援すべきと自信を持って答えられるのだろうか。

 このように、融資の現場では、資金の出し手と借り手の間のミスマッチが頻発している。貸したい相手は借りたがらず、貸したくない相手ほど借りたがる。これでは、いくら金融市場に貸すためのカネがじゃぶじゃぶと溢れていても役に立つはずがなく、ましてや経済成長につながるはずがない。

 しかし、金融機関として、こういったベンチャー企業に同情すべき点もあるし、こういったイノベーターの出現は将来の経済発展を促すダイナミズムの源泉になるのは間違いないことなのだ。このようなデフレ期に企業せざるを得ないことは、タイミングが悪く気の毒な面もある。

 創業者の事業リスクが高いのは今に始まったことではないが、かつての高度成長期やバブル経済期のような成長期であれば、マーケットにもベンチャー企業が参入する余地が生まれて事業化の可能性は今よりはるかに高まるだろう。

 いま必要なのは「貸すためのカネ」ではなく、「収入になるカネ」なのだ。そして、それは金融政策だけでは生まれない。

 財政政策にまで踏み込んで実体経済に潤沢に資金を供給し続けることで初めて、ベンチャー企業や中小企業の挑戦が夢から現実へと変わるだろう。

 バラマキだのといった批判を気にする必要などない。広く厚くあらゆる分野に資金を投入するからこそ、経営体質がぜい弱な企業にもビジネスチャンスが生まれやすくなるのであり、それを繰り返すことにより徐々に企業の経営基盤が強化され、ベンチャー企業から一人前の企業へと脱皮できるのだ。選択と集中とかいった幻想につられて特定の産業分野に資金を集中投下するのは愚かな選択である。過剰な参入競争による価格競争や意味のない消耗戦を招くことは目に見えており、結局は川下に位置する大手企業の一人勝ちで終わるだろう。

 財政の蛇口を閉めたまま見せかけだけの金融政策に固執していては、ベンチャー企業や中小企業と銀行との間の不毛な罵り合いは永遠に続くだろう。