うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

国民を道連れにしようとする殉教徒たち

 先週始まった通常国会では、消費税増税に関する審議が大きなポイントと言われている。

 だが、テレビや新聞各社、雑誌などメディアの大勢は、増税やむなしの論調でまとまっているうえに、野党第1党たる自民党まで増税容認と取られても仕方ないようなグズグズした態度であり、以外にあっさりと増税法案が通ってしまうのではないか。

 なにせ、きちんと増税に反対しているのが国民新党共産党くらいといった体たらくだし、民主党内の反主流派(小沢一派)も党を割るとか口先ばかりで、どうせ最後は尻尾をまいて逃げ出すのがオチだろう。

 経済状態が低迷し、家計にも企業にも担税能力が乏しい時に、あえて増税という選択に踏み切ろうとする神経は、筆者には到底理解できない。栄養失調の兵士を戦場に駆り立てるようなもので負け戦になるのは目に見えている。

 消費税増税に賛成するのは、財務省を頂点に与野党の政治家を始め官僚や財界、マスコミ、識者層、経済団体ほかいろいろといるが、以外と高齢者やサラリーマン層に指示者が多いし、増税分は社会保障の財源にしますと言えば、年金や医療費が気になる年寄りもコロリと参ってしまう。

 特に、多くのサラリーマンは、毎朝の情報源であり企業戦士の教典ともいえる日経新聞が大キャンペーンを張る消費税増税に反対するのはいろんな意味で難しいだろう。デフレ不況下で小遣いや給与が減りつづけ、本音では増税なんて勘弁してくれと思っていても、日経をはじめあらゆるメディアは"財政はもはや破綻寸前、ギリシャやイタリアを見ろ、増税やむなし、国民も身を切る覚悟をもて"と勇ましく煽り立てるし、経営者や上司、同僚、取引先と話していても「国の借金や老人ばかり増えて働き手が減るんだから、もう増税するしかないよな」なんて言われるものだから、自分ひとりが反対する勇気など湧いて来るはずがない。

 よしんば、国債増発で財政支出すべきなんて言おうものなら、これ以上借金を増やせる訳がないとか、今どき公共事業なんて時代遅れとか、いつまでも国に頼るななどと言われて白い目を向けられるか、怠け者扱いされる(あるいは土建屋の手下呼ばわり)のが関の山だ。

 新聞や各メディアに目を通せば、そこには○○グローバル戦略研究所 CEOとかいった怪しげな肩書きの輩が、“グローバル競争に勝ち抜くには筋肉質の経営体質を!、グローバル化に対応できない奴は人間にあらず”とでも言いたげな上から目線で、消費増税や開国は避けて通れない、行政をスリム化せよなどといっぱしのことを言っている。そういった親増税論や親開国論はあちこちのメディアを通じて大量に世の中にあふれ出ており、これに影響されるなと言う方が無理なのかもしれない。

 国民の大多数にとって消費税増税がデメリットにしかならないことは、広く認知されていることと思う。特に、これだけ経済状態が疲弊し尽くしている状態なら、なおさらだろう。

 だが、この手の玉砕必至な精神論は、世の中の状態が厳しい時ほど人々の心にスッと浸透しやすい。江戸時代の3大改革による不況誘引や浜口内閣による恐慌突入、小泉構造改革によるデフレ不況など根性論に基づく馬鹿げた緊縮財政政策は、国民生活の破壊を糧にしてこれまでも度々繰り返されてきた。世間知らずで融通の利かない権力者が、正論や原則論を振りかざして、根回しによらない正面突破といった手法に頼ろうとする時に不幸は起きる。

 消費増税を安易に支持したり、増税の前に行政の無駄を省けなどといったピント外れの意見が厄災を招く要因になることに気付くべきだ。

 

 それにしても、多方面から批判を受けたり、自らの生活や待遇にも悪影響を及ぼしかねない増税やTPP、行財政改革規制緩和構造改革などといった愚策を目の色を変えて布教する輩(財務省やその言いなりになっている民主党自民党の一部の議員)の目的は何であろうか。筆者はいつもこのことを疑問に思う。天下り先の確保、省益の拡大、国税庁に脅されて等々いろいろな理由が取り沙汰されているが、いまひとつピンとこない。官僚にしてみれば給料やポスト、天下り先は減る一方で、業者からの接待もなくなるし、政治家にしてみれば歳費が減るうえにやたらと選挙民の目がうるさくなり、以前のようにのんべんだらりとした選挙活動もしづらくなっている。

 なのになぜ、苦しい思いをしてまで改革運動に連なる様々な愚策に血道を上げるのか。気が触れた者の行動を理解するのはまことに難しい。ひとつ結論付けるとするなら、それは殉教者の心理と似たようなものではないかと想像している。自分の生活に直接のメリットがないばかりか、自らの命を投げ出さざるを得ないような事態になっても、心酔する信仰が世に広まれば最高の満足感が得られるのと同じ心理なのではないか。

 こういった心理状態にある者は、利害関係や損得勘定に左右されづらいだけに厄介な問題でもある。しかも、国民生活を破壊する愚策に対する彼らの想いは、もはや信仰の域に達しているから、いくら利害や損得を数字で説明しても、その信念が揺らぐことはあるまい。

 隠れキリシタンイスラム原理主義者のような殉教徒だけに、無理に説得しようとしても無駄だろう。

 だが、国民を道連れにする自爆テロだけはやめてもらいたい。