うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

被災地の復興問題を脱原発やエコに摩り替えようとする卑怯者

 TVや新聞、雑誌では、脱原発とか牛肉から放射能が検出されたとか、節電による熱中症対策といったどうでもいい話で盛り上がっているが、被災者の生活再建や被災地の復興はほとんど進んでいない。
 震災により理不尽に命や生活の糧を奪われた被災者が望むのは、何より生活の再建だろう。それは、失った財産の補償や生活の糧を得るための雇用の創出を指すとともに、職場であった雇用先の再建や周辺地域の社会基盤・公共施設の復旧も含まれる。
 今回の大震災に限らず、天災や災害に遭い避難所に駆け込んだ被災者の不安や悲鳴の原因は、①家族や知人の命をなくすこと ②財産を失うこと ③雇用や生活の糧を失うことにある。突き詰めると、命と財産(カネ)の問題に集約される。命だけは助かってよかったなんてのんきに言えるのは部外者だからであって、当事者にしてみれば、積み上げてきた財産を一瞬にして失い、明日からどう暮らせばよいのかと大きな不安に苛まれることになる。
 残念ながら失った命ばかりは如何ともしがたいが、②や③の問題くらいは国を挙げて手当てに全力を尽くすべきだし、今の日本の国力なら十分に可能である。今回の大震災を除く平常ベースの天災の被害額はせいぜい年間2-3兆円程度であり、少し多めに国債を発行すれば済む話だ。マスコミが良く使う“震災によって地域のコミュニティーが崩壊して…”なんていう類のきれいごとはどうでもよい問題に過ぎない。実際に田舎に行けば分かることだが、コミュニティー云々を言うほどご近所同士が仲良くしている訳ではない。
 また、タレントや芸人、スポーツ選手らによるチャリティーコンサートやイベントも、家族の命や財産を失ってほったらかしにされている被災者を元気付けるには力不足である。被災者への善意は認めるが、あくまで一時の娯楽に過ぎないことを認識しておく必要がある。“東北を元気に”とか“被災者を応援する”ということは、被災者の生活再建ニーズにダイレクトに応えることであり、問題の核心に近づこうとせず周辺をぶんぶんとハエのように飛び廻ることではない。
 だが、現実にはマスコミも政治も、被災地の復興とは口ばかりで、自分たちが取っ付きやすい脱原発や節電・エコの問題に掛かりきりで、復興問題を原発やエコに摩り替える卑しい行為が平然と行われている。
 被災者が求める真の復興ニーズに応えようとすれば、20-30兆円ともいわれる財政支出が必要になる。これは当然、世間知らずの巣窟でもある財務省から猛反発を喰らうだろうし、そもそも構造改革新自由主義思想の信奉者が多い政治家やマスコミ層には、多額の財政支出や社会的弱者への救済行為は心理的抵抗が強く、本音では復興対策などやりたくないと思っているはずだ。だからこそ、与党の復興担当相が被災地に行って宗主国気取りの横柄な態度を取って罷免されたり、野党の地震対策担当(自称政策通)が議員宿舎に女を引っ張りこんでフライデーされたりするようなレベルの低すぎる話が後を絶たないのだ。
 国会での議論も、全国の原発へのストレステストの実施で揉めたかと思えば、突然原発の国有化を言い出したり、再生エネルギー法案を強引に押し通そうとするなど支離滅裂だ。また、バカマスコミの方も、茶畑や出荷牛肉から放射能が検出されたとか、フランス製のポンコツ放射能浄化装置が故障したと言っては大騒ぎし、低レベルの週刊誌には放射能汚染を誇大に煽る幼稚な記事が毎週のように垂れ流されている。鳥インフルエンザ新型インフルエンザと同じような空騒ぎに奔走している。
 一方で、国民はといえば、口を開けば脱原発と節電しか頭になく、相変わらずマスコミに煽られっぱなしで、致命的な事故を起こしたわけでもない東電原発を目の敵にして脱原発や反原発を語ったかと思えば、節電と称してエアコンをケチって熱中症でぶっ倒れたり、エコだからと簾をかけて空き巣に入られたりとバカなことを繰り返している。日頃は、東北を応援しようときれいごと言うくせに、福島県産の魚や野菜を並べようものなら、スーパーの担当者に喰ってかかってクレームをつけるような始末で手に負えない。(その割に福島第一原発からほど近い首都圏から離れようとはしないが…)
 震災前には原発について何も語ってなかったくせに、原発への世論が厳しくなると突然反原発を叫んで佐賀県庁に突入したネジの緩いタレントと同類だ。
 こういった問題の周辺を徘徊するだけの邪魔者に限って、いざ被災者へ公的な金銭補償をしようとすると、過去の被災者とのバランスが取れないとか不労所得を与えるのは不公平だとか、勘違いも甚だしい冷たい意見を吐き始める。天災という誰にも起こりうる理不尽な要因によって生活基盤を大きく棄損した被災者に金銭的な補償をすることは、近代国家の社会保障制度として至極当然なことである。
 いまやるべきことは、いたずらに原発の脅威を煽ったり、節電や節約を強要したりすることではなく、必要な財政支出と金融緩和を十分にかつ早期に行い、淡々と被災者や被災地のニーズに沿った復興や生活再建を進めることである。