うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

竹槍精神健在なり

 大震災後も素人による無様な政権運営が続いているにもかかわらず、円の信認が高止まりしている。10年物国債の利回りは1.1%台、円ドル相場は80円台付近に張り付き、格付け会社の度重なる嫌がらせなどどこ吹く風といった状況だ。

 新聞や雑誌では、この状態を異様な事態と捉えて、「日本国債が暴落しないのは、市場が将来的な増税を織り込んでいるから」と説明する。この類の説明は10年以上前から続いているが、その間、国債発行残高は400兆円近く増える(H11/492兆円→H21/882兆円)一方、税収は大きく落ち込み(H11/47兆円→H21/38兆円)、頼みの綱の消費税UPも議論ばかりで実現されず、市場関係者の折り込み予想はことごとく裏切られてきた。ならば、とっくに日本国債は暴落の憂き目を見てもおかしくはないはずだが、現実は逆の結果になっている。そろそろ持説の誤りを認めればよいのに、市場関係者らは、まったく懲りる様子もなく財政再建だの、構造改革だのと浮世離れした呪文を唱え続けている。何度叫んでも一向に現れない“狼”をジリジリしながら待つ気分はいかがかと同情する。

 震災からの復興や社会保障制度改革の名を借りた増税キャンペーンは、財務省のみならず上記のような市場関係者、政治家、マスコミ、IMFなどあらゆるルートを使って世の中にばらまかれている。前回(平成9年)の増税によって日本経済が大きく腰折れした事実は誰の目にも明白なのに、最近では財務省内閣府と組んで財政審議会の御用学者を使ってこれすら否定しようとしている。当時の景気低迷を招いた主因は消費税増税ではなく、不良債権処理とアジア通貨危機によるものという主張がこれだ。コップの中の水が冷えたのは氷を入れたせいではなく、横に置いてある食べ物が腐ったせいだ、とでも言うのと同じこと。こんないい加減な議論を持ち出すとは、財務省もかなりイラついているのだろう。

 日本の経済成長なんてまったく眼中にない財務省的思考に従って、財務・経済財政担当の両素人大臣の言うままに、いっそのこと消費税を10%に引き上げてみてはどうか。それでも最大限期待される税収増加額は10兆円程度に過ぎず、現状の税収と歳出とのアンバランス(40-50兆円)の解消には殆ど意味をなさないし、1,000兆円にも及ぶ国債の利払い費で吹っ飛んでしまうのが関の山だ。

 このように消費税増税による国家財政の改善効果は極めて限定的なものに止まる一方で、経済を下降させる威力は極めて大きい。10年以上も名目GDPが低迷したままで経済環境がヘロヘロになっている状態で、10兆円もの消費抑制圧力をまともに被るダメージは甚大と言える。増税分は社会保障費等で再分配されるという意見もあろうが、社会保障費という性格上、貯蓄に回される部分も相当大きくなると見込まれ、景気浮揚効果を期待することはできない。

  何よりも、多くの消費者に、給与水準が低下する環境下で一律に物価上昇イメージを植え付けることのマイナス効果が大きすぎる。200万円の自動車なら、単純に消費税が10万円から20万円へ10万円分も増えることになる。これは昨年秋の大騒ぎしたエコカー補助金とほぼ同額で、当時とは逆に負のインパクトをまともに受けることになる。住宅や自動車など高額商品を忌避する動きが消費者に広がるであろうことは容易に想像でき、向こう7-8年の間に名目GDPが400兆円を割り込む事態も予想される。

 こういった危機に目もくれず、政府やマスコミに煽られた国民は東電いじめに熱狂し、口を開けば脱原発だの自然エネルギーだのと青臭い持論を吐いている。新聞の投書欄にも、中学生が書いたような現実を顧みない幼稚な理想論が跋扈しているが、恥ずかしくないのだろうか。

 災害が発生した当初は、大震災や津波による被害自体が想定しうるものであったか否かという議論もあった。しかし、いまやそんな可能性論議はどこかに吹っ飛び、原発である限りいかなる自然災害(テロ攻撃も)をも想定すべきであったという暴論が罷りとおっている。貞観地震みたいに千年も前の古文書にしか載っていないような伝説(当然マグニチュードや震度は不明)まで想定して具体的な対策を打っておくべきだった、なんて言うのは、無理難題や言いがかりのレベルだろう。こんな暴論が通るなら、江戸時代の文献にも明記されている浅間山の大噴火級の火山災害に備えて、全国の活火山の周辺地域で降灰対策の検討および必要な対策費用を計上すべきと思うが、そんな議論はまったく聞かれない。伝記の世界の出来事に備えて対策を打つなんてことが、現実にできるはずがないが、こと東電いじめに関しては大政翼賛会的な結束力を誇るマスコミにより、いまや電力各社は、宇宙人からの攻撃をも想定すべきといっても過言でないほどの度を越した原発の安全対策を強要されている。

 国民も不思議なもので、いつ起きるか予想もつかない自然災害への備えには何かと口うるさいくせに、現実に起こっている被害者の救済や被害対策への関心がなさすぎる。未曽有の被害を被った東日本大震災の被災者への資産保証を訴える意見はまったく聞かれないし、毎年コンスタントに3万人を超える自殺者(経済苦による割合が高い)を出しながらも個人の問題としてほったらかしにされている。本来なら、国民は、東電を批判する以上のエネルギーをもってこうした問題の解決に当たるべきと思うが、いずれも財政支出が必要になると判った途端にトーンダウンしてしまう。日本は財政危機だという財務省ネガティブキャンペーンの威力は絶大なものがあり、多くの国民はそのことを信じて疑わず国債増発に対する忌避感は拭いがたい。

 十分な人口規模や高度な技術力を持ち、経常黒字国で莫大な対外資産を所有しながらデフレに苦しむという我が国にとって、名目貨幣、管理通貨制度、通貨発行権、日銀による国債引き受け、金融緩和、通貨切り下げなどといった政策や制度は、まさにいまの日本のためにあるような経済対策ツールと言える。しかし、現実には、適度なインフレ、円安、内需拡大、マネタリーベースの増加など日本にとって慈雨をもたらすこれらの対策が、マスコミや多くの国民から毛嫌いされるのが不思議でならない。

 この絶好の機会を目の前にしながら便利な道具を使おうとせずに、ひたすら節約と増税(+輸出)でこの難局を乗り切ろうとする無謀さは何なのだろうか。 弾丸がもったいないからと最新の対空砲を使わずに、竹槍で敵機を打ち落とそうとする財務省やマスコミにやり口に違和感を覚えないような愚か者は、もう一度小学校からやり直した方がよい。


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