うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

期待できない「インフレ期待」

 だらだらと続く原油高や今回の震災による一部の原料や資材不足もあり、週刊誌を中心にマスコミからしきりとインフレを煽ぎ立てる記事が垂れ流されている。

 これらの記事には、インフレそのものを懸念するというよりも、むしろ震災に託けた財政支出を何としてでも防ぎたいという意図が強いものと推測する。「膨大な国債発行残高を抱える日本にこれ以上国債を発行する余地はない」→「更なる国債増発は金利上昇を招き財政が破綻する」→「財政破綻による通貨の信認低下が物価の高騰を招く」というお約束の三段論法が、毎日新聞や雑誌で展開されている。

 しかし、現実には下記の図-1の消費者物価指数の過去5年間の推移のとおり、“インフレ”と大げさに騒ぎ立てるような状況にはなっていない。時期は少しずれるが、名目GDP(内閣府資料)がH13からH21にかけて493兆円から474兆円へと19兆円も減らしている(先進国で日本だけ)のに対して、マスコミが大好きな国債発行残高(財務省資料)は同時期に596兆円から918兆円へ328兆円も増えている。前述の幼稚な三段論法が真実なら、とっくの昔に国債金利ギリシャみたいに二桁になってもおかしくないはずだが、同時期の国債10年物の金利(12月末基準)の1.369%→1.289%という結果をどう受けとめればよいのか。(これは為替水準でも同じこと)

 日銀の国債引き受け政府紙幣などを持ち出すまでもなく、通常の国債発行を通じた財政支出の話になると、マスコミや財務省の連中が、たちまち高位なインフレに陥ってしまうと騒ぎ出すし、多くの人々にとって“インフレ”とは、ガソリンやレタスなどといった身近な商品の価格が上がることと同意語だから、この手のインフレ騒ぎにすぐ乗せられてしまう。だが、生産力やサービス提供力といった供給能力が大きく発展した現代では、消費者物価指数の推移実績が示すとおり、まともなインフレ状態をもたらすことは大変な困難を伴うし、金融政策が目指す“インフレ期待の醸成”もまた然りである。

 現代における金融政策を大雑把に括ると、金利量的緩和政策といった純粋な(狭義な)金融政策をとる立場とインフレターゲットなど財政政策をも包含する立場に大別され、両者の違いは次のような点にある。

①経済成長(リフレーション)を志向するか

②成長のために物価目標や雇用目標を明示するか

③その目標を誰が決定するか

④日銀に目標達成義務を課すべきか

⑤日銀の国債引き受け政府紙幣発行といった財政政策的な手法を認めるか

 小泉政権以降の政権与党(一部例外あり)や財務省、日銀、マスコミなどは前者の立場(欧米各国も同じ)をとってきた、というか、単に財政政策をやりたくないための消去法的な方便として、いやいやながら金融政策をやらざるを得なかったといった方が正確だろう。だからこそ日銀はインフレ目標の掲示に終始消極的だったし、既発債の買い取り額も必要最小限に抑えてきた。量的緩和という苦肉の新手法を取り入れて組織としての努力姿勢をPRしてきたつもりだろうが、デフレ脱却にはつながらず大した成果は出ていない。

 だからといって、日銀こそが諸悪の根源と言い切るつもりはない。むしろ、財政支出の削減を積極的に進めてきた小泉政権以降の政権(+橋本政権)と財務省およびマスコミこそがA級戦犯だろう。こういった経済成長の手段としての積極的な財政支出をタブー視する構造改革教の信者たちによって歪められた金融政策は、財政政策とのポリシーミックスという両翼体制をとることが叶わず、常に金融政策一辺倒の片翼飛行を余儀なくされてきた。これでは上手く前進することなどできるはずがない。

 せっかく日銀が買い取った既発債の代金も金融機関の当座預金に滞留したままになるか、海外に飛んでいかがわしい金融商品への投資原資になってしまうのがオチで肝心の貸出増加にはつながっていない。下記の図-2のとおり、増える一方の預金を尻目に、貸出は完全に頭打ちもしくは微減の状態で、預貸の差額(=預金余剰)は増える一方だ。資金需要がないために金利は低下するものの、肝心の貸出意欲を刺激するには至らない。

 本来なら、この辺りで金融政策の効果としての“インフレ期待”が醸成されるはずだが、一向にその気配はない。理論的には、日銀による金融市場への大規模な資金供給により①中央銀行のインフレに対する積極的な姿勢②金融市場を通じた資金流通量の増加③円の発行量増加がもたらす円安やそれによる輸入物価の上昇等がインフレ期待を喚起させる要因となるはずだが、残念ながらそうはなっていない。薪に火の絵を近づけても燃えないのと同じことで、企業・家計ともに前向きな資金借入意欲が著しく欠如している時に金融市場に膨大な貸出原資を供給しても何も起こるはずがない。

 借入主体として期待される企業としても①長引くデフレ不況下で十分な収益機会(ビジネスチャンス)がないこと②将来的な金利上昇リスクよりもニューマネーの返済リスクを恐れて借入に消極的にならざるを得ないこと③売上の伸びが期待できない見通しの下で積極的な投資を行えないこと等といったごく当たり前の理由により、到底融資を積極的に受けるような環境下にない。この需要不足によるデフレ不況に、金融政策のみで対処しようとするのは、靴の上から足を掻くような虚しい行為である。 

 残念だが、金融政策単体では、来るべき経済成長時の資金需要に備えて融資原資を用意するといった間接的な役割しか期待できない。当たり前のことだが、売上増加や収益機会の確保(家計で言えば将来にわたる安定的な収入機会)という裏付けがあってこそ初めて借入意欲が醸成させるのだ。収入の目処もないのに借りたがる者に融資できるわけがないことは言うまでもない。

 デフレからの脱却には貸出増加による信用創造機能の正常化が欠かせないが、金融政策のみに頼って単純に借入を増やそうとしても無駄である。企業の貸借対照表の借入を増やしたいのなら、先に損益計算書の売上高を増やしてやる必要がある。売上の拡大予想なくして前向きな投資や借入の拡大はあり得ない。売上は全ての企業活動の源泉であり、その拡大は企業経営にとってフリーハンドに振る舞える余地が広がることを意味するし、経営戦略の選択肢を増やせることになる。売上が拡大すれば、給与や投資、経費を増やす余地が広がり経済活動も活発化する。

 いま企業に必要なのは、返済義務を伴う借入ではなく、自らの収入に直結する売上なのだ。それには金融政策だけでなく財政政策が欠かせない。企業も家計も将来を悲観して節約や経費削減の殻の中に閉じこもっている。この不愉快な状態に解決の糸口を与えられるのは政府による財政政策とそれを支える金融政策の重畳的な実施である。そのために、政府は、インフレ気運の醸成といった傍観者的な立ち位置からではなく、もっと当事者意識を持ち直接的かつ積極的にデフレ脱却に取り組むべきで、通常の国債増発はもとより、必要なら日銀の国債引き受け政府紙幣発行といった非伝統的な手段を講じることをためらう必要はない。

 ここ10年余りの政権担当者は、手段の清濁に固執して経済成長の実現という目的の追求を疎かにしてきた。そのツケがまわり不況のエンドレス化という形で国力を蝕んでいるが、巨額の国債発行残高にビビっている国民はひたすら我慢を重ねることしか能がない。いまや、その無意味な我慢が需要を冷え込ませて更なる不況を招くという明けることのない暗闇のような状態が続いている。

 尤も、積極的な財政支出を唱えると、すぐに無駄遣いとか、バラマキを止めろというお決まりの非難が出ることも承知している。だが、以前のエントリーでも書いたように、筆者はこの手の有害な“きれいごと”をまともに聞く気にはなれない。たとえ無駄やバラマキと言われようが、実体経済の資金循環に役立ち経済成長に資するものであれば全く構わないと思う。

 無駄を削って倫理的な満足感を得られるかもしれないが、それによって経済がシュリンクして多くの失業者を生んだり、3万人にも上る自殺者を出し続けたりすることの方が国民にとってより大きな不利益だと言えるだろう。例えバラマキと言われようが、それによって生活が安定する人が現実にいて経済苦による自殺者数を少しでも減らせる方が、より国益に適っていると思う。

 政治家に求められるのは結果だとよく言われるが、古くは新井白石松平定信あるいは浜口内閣のように、きれいごとを言うばかりで国民の生活水準を落としてしまうようなのは、やはり政治家としては3流の誹りを免れないだろう。

 筆者は経済成長に必要な条件として、次の3点が重要だと考えている。

実体経済を循環する資金の量が十分に多いこと

②①の循環速度が速いこと

③①の資金が循環する経済主体の数が多いこと

 この世に政治や貨幣が誕生して以来、無駄な支出やバラマキが行われなかったことなど一度もないだろうが、それでも世の中はちゃんと周ってきた。ある事業が無駄かどうかなんて、そこに利害が関係するか否かによって変わってしまうし、そもそも誰が見ても無駄じゃない事業なんてほんの一握りに過ぎない。総務省によれば、H23/2月時点で日本国内には6,211万人の就業者がいるうえに302万人もの失業者がいるそうで、無駄だとかバラマキだとか浮世離れしたきれいごとを言って国の事業を削っていると、彼らに職や就業機会を与えることすらできなくなってしまう。

 無駄の排除なんて、できもしない、あるいはやる必要もない些細な倫理観にこだわって大事を見誤ってはならない。無駄であろうがバラマキと批判されようが、実体経済のプレーヤー(企業や家計)に十分な量の資金が売上や収入として循環させることが重要なのだ。特に、需要不足のデフレ不況下では、事業の清濁よりも、それがもたらす資金の量や循環スピード・循環経路の方により気を配ることがとりわけ重要なのだ。

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