うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

供給力は今日も余っている

 震災から2カ月が過ぎようとしているのに、現地では瓦礫の撤去もさして進まず相変わらず多くの方が過酷な避難生活を余儀なくされている。そんな現地の苦境を尻目に政治もマスコミも(国民も)毎日のように原発をダシに大騒ぎを繰り返している。

 震災復興に必要な巨額の財源問題に触れたくないために、もはや大した危険もない原発を大げさに採り上げて、東電叩きを楽しんでいるのだろう。何度も当ブログで述べているように、東電は今回の大震災の被害者の一人であり、いわれのない非難を受ける立場にない。

 多くの国民は、日頃の鬱憤を東電叩きで晴らそうとしているようだが、仮にこの先、日本のどこかで口蹄疫鳥インフルエンザが発生したら、東電と同じように発生源となった哀れな農家に非難を浴びせるのだろうか。後講釈の得意な論者は、原発の危険性は以前から指摘されており東電はその対策を怠ったと言うが、それは口蹄疫鳥インフルエンザとて同じこと。彼らの論法に従えば、さんざんウィルスの危険性が指摘されている以上、今後それらが発生したなら発生源となった農家の不手際になるはずだ。同じ過ちを犯しても、大企業の東電は断罪され、哀れな農家は非難を免れる(代わりに農水省が非難のターゲットになるのは目に見えている)というのだろうか。福島県の方々も、東電ではなく、いたずらに放射能の危険性をわめき散らすマスコミ(海外のマスコミを含む)をこそ風評被害で訴えるべきだろう。

 原発問題にかまけて復興支援をほったらかしにしているようでは、震災からの復興はおろか、日本全体を覆うデフレ不況からの脱却の糸口すら掴むことはできないだろう。

 さて、今回の震災の影響に関して、先月の日銀支店長会議で、白川日銀総裁は「東北や北関東を始め、広範な地域で甚大な被害が生じている」と述べ、「生産面を中心に下押し圧力の強い状態にある」との認識を示し、その後ニューヨークでの講演で、“日本の経済活動に必要な供給の流れが震災前の水準に回復する時期は不明と指摘し、復興には潜在成長率を引き上げる取り組みがこれまで以上に重要になる”との見方を示したそうだが、ここに大きな勘違いが潜んでいる。それは、震災により日本の供給力が大きく棄損され、需給バランスが崩れたという見方だ。

 確かに、震災後に関東地域を中心に、一部の食品や飲料水等が品不足になり、製造現場においても包装資材や建築資材など様々な物品が品薄状態になった。また、自動車の生産が当面50%以上の減産を強いられる等多大な影響を受けている。だが、それらは日本全体の供給力からほんの一部にすぎない。自動車の大幅減産によりディーラーでは顧客への納車が長期間に及んでいるそうだが、だからと言ってエコカー補助金の時のような駆け込み需要が起こっている訳でもなく、相変わらずディーラーは閑散としている。また、包装資材が調達しづらいからといってスーパーの棚から多くの食品が消えている訳ではない。

 供給力とか生産力なんていう言葉を聞くと、自動車や電機、機械みたいな重工業系ばかりに目が行くが、日本のサプライサイドは機械金属系の製造業ばかりで成り立っている訳ではない。もの作りとか食品づくりだけでなく、サービス産業とて立派なサプライサイドの構成員であるばかりか、産業構造からしてこちらの方がはるかに主要な位置を占めている。(3次産業の構成比~就業人口で約67%/2005年、GDPで約73%/2009年)

 世間知らずのマスメディアでは、さも日本のもの作りが壊滅状態にあるかのような報道ぶりだが、実際の販売現場を眺めてみると以前と変わらぬモノ余り状態だし、ましてやサービス業なんて完全な過当競争(だからこそ、ろくに衛生管理もできないインチキくさい安売り焼肉屋が繁盛してきた)で、多くの業者が手を持て余している。供給力が棄損しているのは全産業のほんの一部だけで、多くは相変わらずの供給過多(=需要不足)に悩まされている。こんな状況下で潜在成長率を引き上げることに何の意味があるのか。ますますデフレを深刻化させるだけだろう。

 日銀総裁だけでなく、頭のおかしい構造改革教の信者や松下政経塾上がりの世間知らずをはじめ我が国には、いかなる環境下でもひたすらサプライサイドの強化や潜在成長率の向上を叫び続けるバカ者が多い。彼らは、疲弊した国内のディマンドサイドを回復させようなんて気はさらさらなく、膨張する供給力の捌け口を何故か海外に求めようとする。

 これまではアメリカの過剰消費体質や先進国の国内産業を犠牲にした中国など新興諸国の台頭により、一定の捌け口(輸出先)を確保できたが、今後はそうはいかない。先進国から新興諸国への富や産業の移転は大きな反発を呼ぶだろうし、新興諸国では一部への富の偏在が深刻化し自律的成長に欠かせない中間層が形成されないままになっている。いくら自称知識人たちが輸出による成長に固執しても、肝心の新興諸国の連中には日本製品を優先的に購入して日本を支えようなんて気はそもそもないのだから、輸出を経済成長のエンジンに据えようなんて幼稚な夢物語は忘れた方がよい。輸出はあくまで内需の補助エンジンにすぎないのだから地道に内需拡大による経済成長を図るべきだ。

 いま求められるのは、潜在成長率を高めることよりも国内の供給能力(生産力+サービス提供力)をフル活用させるために需要サイドを強化することである。そのためには、少なくとも需給ギャップを埋めるだけの資金供給が必要であり、その財源には当然ながら増税社会保障費の削減などを充てるべきではない。それらは需要の下降圧力となるからだ。起きもしない高インフレや通貨の信認に固執して、財政支出や金融緩和をためらってはいけない。

 菅総理浜岡原発の停止要請(=指示)などという超法規的措置を思いつきで言いだす勇気があるのなら、政府紙幣発行や日銀の国債引き受けによる復興+日本の経済成長のための財源捻出といった有益かつ前向きな提案をこそすべきだろう。

 下図のように日本はすっかり経済成長から取り残されてしまっており、もはや需要サイド強化のための対策は待ったなしの状態である。

Gdp