うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

ランチの代金はお金だけじゃない

 他のブログで多々引用されているが、12月1日に麻生元総理が神戸市内の自民党県連主催のセミナーで講演し、次のように述べたとのこと。(12/2神戸新聞より、全国紙はあいかわらずスルーしたようだ)

 ・マスコミが世論を誘導し、公共工事は悪というイメージを作り上げた

 ・デフレ経済下での景気対策として、「今こそ公共事業をどんどんやるべきだ。国会議員は必要性を堂々と語ればいい」との持論を展開した

 ・民主党の経済政策について、「財政再建を重視しているが、デフレ経済下でのやり方を分かっていない」と指摘

 ・約800兆円に上る国の借金について「金を借りているのは国民ではなく国。満期になったら、政府の権限で金を刷って返せばいい。企業と国の借金は性質が違う」と指摘した

 ・神戸港の大水深化や電柱の地下化、耐用年数が迫る橋の改修工事を挙げ、「必要性があり、雇用など経済波及効果の大きい公共工事は多い。金はあるのだから、いかに使うかを考えるべきだ」と指摘した

 この正論をなんで在任中に言えなかったのかいな…と思いつつ、こういうまともな意見がマスコミに取り上げられて、反論を含めて議論の俎上に上ることが、デフレ脱却への一歩になると思う。

 上記の麻生氏の意見のうち、800兆の国債返済財源としての政府紙幣活用という見解に対して、早速、800兆円もの紙幣がが増刷されると大変なインフレを招くなどという勘違いした反論もある。当たり前だが、国債は全額が一度に償還されるわけではなく、大抵は数十兆円ずつ償還を迎えるもので、800兆円分の政府紙幣(政府が発行権を日銀に売却して日銀券として流通させるという前提)が一度に世の中に出て行くわけじゃない。麻生氏が述べているのは、国債の償還期限が到来した分から順に、国債の借り換えではなく、政府紙幣を財源として償還するというやり方で、償還額分のベースマネー実体経済に注入して内需拡大による景気回復を図ろうとするものだろう。

 どうしても心配なら、国債残高(地方債分を含む)と同額の政府紙幣を償還財源基金として積み立てておき、デフレギャップの発生状況に応じて、国債の償還財源として使えばよいだろう。デフレギャップが存在する場合は、実体経済が高位なインフレ率とならぬ範囲で基金から償還財源を支出し、そうでない場合はこれまでと同様に借換債を発行して実体経済から資金を吸収すればよい。

 政府紙幣発行益による財政政策を訴えると、必ずのように受ける批判が3つある。

 一つ目は過度なインフレを招くというものだが、日本や世界の生産力はひと昔前では考えられないほどに莫大なものになっており、数十兆円程度の経済対策で高位なインフレ率を招くとはとても思えない。現に、お隣の中国(日本と同規模の経済規模)では54兆円もの経済対策を行い、さんざん不動産バブルを煽ってきたが、インフレ率は5%程度にすぎない。いまやハイパーインフレはおろか、10%のインフレを起こすことでさえ至難の業なのだ。

 二つ目は日銀券と政府紙幣の2種類の紙幣は流通して混乱を招くというもので、これは丹羽春喜教授が述べているように、政府が紙幣発行権を日銀に渡して日銀券として流通させればよいだけで、大騒ぎする問題ではない。我々は、現実に政府紙幣(貨幣)である硬貨を当たり前に使用しており、いまさら日銀券とは違う云々といった話をすることすらおかしいのではないか。ちなみに、財務省の資料によると平成22年度には1円から500円まで総額2,200億円もの硬貨が製造され世の中に流通している。しかも、財務省の通貨の製造計画によれば、「必要とされる貨幣の円滑な供給を図る観点から、市中の流通状況や造幣局の製造能力等を勘案の上」で発行枚数を定めているということで、何も具体的な数値基準に基づくものではない。また、UFJ総合研究所のリポートを参考に、それぞれの硬貨の発行益から計算すると、約360億円の発行益があり政府の財源となっている。(1円と10円硬貨は大幅な発行損が発生) こういった発行益をより増大させ、喫緊の経済対策に活かすべきだろう。

 そして三つ目はいわゆるフリーランチ論に基づく批判である。経済にフリーランチはない、あるいは打ち出の小槌はないといった類の倫理観に基づく批判である。これは納税を原資とする財政支出論に固執した極めて原始的な考えで、納税+外需の範囲でしか経済運営ができないようなら経済が頭打ちになることは目に見えており、内需の拡大が望めないから投資意欲が減退し、融資増加による信用創造が機能しない状態を招く。こんな狭小な思考で経済運営していたら、たちまち日本経済は鎌倉時代に逆戻りしてしまうだろう。この手の主張をする人には、貨幣という流通手段をうまく活用して経済を拡大させ国民生活を豊かにするというまともな発想が欠けている。貨幣に対して貴金属と同じような財産的な見方しかできないのは、金本位制度的な古い発想といえ、まさに思考が停止しているとしかいいようがない。

 内閣府から、2010年7‐9月のGDP速報値(前期比、あくまで年率換算)は実質値4.5%、名目値2.6%と発表されたが、エコカー補助金の駆け込み、家電・住宅エコポイントによる大きな需要があった割に大した伸びにはなっていない。給与総額が縮小する中で、今回の駆け込み需要も、自動車などへの代替消費に止まったことが要因だろう。現にGDPデフレーターが△0.5%、雇用者報酬(名目値)が△0.1%、この間の消費者物価指数(前年同月比、総務省)は7‐9月で△0.9%、△0.9%、△0.6%と相変わらずのデフレ状態で、ちょっとした資金循環程度では低レベルのインフレを起こすことすら難しいことが見てとれる。

 経済対策(財政支出や金融緩和)というランチへの代償として、すぐに増税といった金銭的な負担しか思い浮かべられないのは短絡的な発想だ。日本人がこれまで当たり前にやってきた勤労、信頼性の維持、技術革新、生産力・サービス提供力の維持向上に対する努力こそが、まさに代償であり、国民にはその代償の支払い能力が十分に備わっている。つまり、大規模な財政支出や金融緩和を行っても過度なインフレを招かずに、その資金を吸収・循環させることができる生産力を備えているということだ。

 国民は、これまでにも、勤労と仕事に対する努力や創意によりランチの代金を余計に払ってきた。それもかなり多めに支払ってきたと言えよう。問題は、国民の側にあるのではなく、国民の努力に対する報酬を十分に支払えないような経済状態とそれを放置しようとする輩にある。