うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

国債を嫌うバカ

 来年度の一般会計予算の概算要求額が95兆円になったことで、またぞろマスコミが大騒ぎしている。

 新政権が新規事業を積極的に進めようとすれば、予算が膨らむのは何も不自然ではない。特に、長年傷み続けてきた経済を成長させ、疲弊した地方の建て直しを図ろうとするならば、積極的な財政支出を行うのは当然過ぎるほど当然である。

 だが、相変わらずマスコミや評論家連中は馬鹿の一つ覚えのように、無駄遣いを削れ、これ以上国債を増やすなの大合唱だ。

 そもそも今年度の税収が、当初見込みの46兆円から40兆円に届かないまでに落ち込んだ原因に触れようとしないことに問題がある。当然のことだが、これは消費税の税率が低すぎることではなく、経済活動が低調すぎることに原因を求めるのが常識だろう。20年近くも名目GDPの成長をほったらかしにして税収が増えるはずもない。

 高度に生産力が発展した現代において経済成長に必要なのは、何より旺盛な需要である。付加価値の高いサービスや製品を提供しようとしても、その対価を支払う者がいなければ単なるゴミにしかならない。では、これからの日本の経済成長のために資金を供給して需要を作り出せるのは誰なのか?従業員に過酷なノルマやリストラを強いてる割に大した利益も出せない企業なのか。あるいは給与の削減や雇用不安を抱える家計なのか。当然ながら何れでもない。ついでに言えば、アメリカでもBRICS諸国などの外国でもない。その答えはいうまでもなく国(政府)しかない。通貨発行権を持ち、国債発行を通じて大規模な資金供給が可能なのは、国以外にない。

 民主党子供手当てについて、支給しても貯蓄に回ってしまい効果がないと批判させることが多いようだが、これとて将来にわたる雇用や収入への不安がなければ問題なく消費に回るはずのものである。また、そういった経済状態であれば、一旦貯蓄に回ったとしても銀行融資を通じて実体経済に再度投入され経済効果をもたらすのだ。

 いま、国に求められるのは、こういった長期安定的な心理状態を担保する経済状態を構築することであり、そのためには財政再建のための支出削減などは全くの逆効果である。

 役人の無駄遣いに対する批判も、所詮は役人に対する僻みでしかない。役人連中は世間で考えているほど楽な仕事をしているわけではない。また、役人の無駄遣いというと、あたかも役人が国家予算を横領しているようなイメージを受けるが、中国の役人と違いそんなことはない。無駄といわれる予算も結局は殆どが国内の民間企業に流れていくのである。つまり、無駄を削れというのは、民間の事業機会を無くせといっているのに等しいのだが、TVでそれを叫んでいる“みのもんた”あたりにはその程度のことが理解できないのだろう。

 今も毎日のように、累積される国債を心配して、家計に例えるなら40万円の月給取りが借金をして90万円使っているなどと勘違いした解説をする識者がマスコミに登場しているが、同じせりふを20年以上も聞かされている割には一向に日本が破綻する様子はない。日本の国債は、自国通貨建てでしかも殆どが国内資金で消化されておりデフォルトの心配などないのに、あたかも多重債務のごとく貶めようとしている。

 経済成長には、こういった「国債=悪」という小学生レベルの幼稚な発想から目覚めるしかないが、新自由主義者のもたらした財政再建優先の新興宗教に洗脳されきっている国民相手では難しいかもしれない。