うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

魚がいない

 「単に魚を与えるのではなく、魚の獲り方を教えることが大切だ。」政府から出された追加経済対策に対する某大手新聞の経済コラムにこんなことが書いてあった。要するに、バラマキを止めよ、一時的な痛み止めよりも長期的な成長戦略を描くべきといった趣旨と思われる。

 ますます悪化する経済状況を経て、さすがに“痛みに耐えて構造改革を”といった発言は聞かれなくなったものの、肝心の経済対策の話になると、マスコミを中心に、バラマキだ、財政危機だ、税金の無駄遣いを正すのが先だなどと、すぐに足を引っ張ろうとする意見が出てくる。こういった世論を意識する政治家や官僚層の発想もこれに倣うのか、出てくる経済対策も、いかにもチマチマしたものばかりで、自分たちに役立つそうな相続対策にはすぐに飛びつくが、広く一般に波及しそうな公共事業の拡大や定率減税子育て支援、失業対策などには及び腰な印象だ。また、経済対策を時限的なものにしようとするために、将来的な経済状況の好転に対する期待感を描けない。

 雑誌やテレビの経済関連記事では、いまだに、経済危機の震源地であるアメリカやヨーロッパ以上に日本の経済が落ち込んだ原因を分析しようとする記事が多い。カジノ賭博に精を出したアメリカはともかく、ものづくりに真面目に注力してきた日本がなぜ といった趣旨の意見が典型的なものだ。だが、バブル崩壊以降、ダラダラと続いてきた不況状態を放置して、アメリカや中国の需要頼みの輸出経済で一息ついていただけなのだから、日本にとって最大の消費者(=顧客)であるアメリカの景気が落ち込めば、大きな打撃を受けるのは当然のこと。バブル以前は、円高などによって輸出が阻害されても、旺盛な国内需要がこれをカバーし、次の経済成長につなげることが出来たのだ。いくら良いものを造っても、それを買ってくれる人がいなければ何の意味もない。大切なのは、買ってくれる人が国内にいるのか、海外にいるのかという点である。輸出立国などという幻想が信じられている日本でも輸出のGDPに占める割合はせいぜい10-20%程度で、当然国内消費が圧倒的に多く、この部分が活性化することなく経済的な回復はありえない。

 大黒柱である国内需要が大きく腐ってしまったことが、今回の経済危機でいやというほど判ったはずなのに、これを回復させようとする動きが鈍い。国内需要=国民の消費が落ち込むのは、十分な所得を得られないことにあり、経済対策の根幹は、この所得を回復する、または、所得を得る機会を創出することに尽きる。

 冒頭のコラムを書いた記者は、世間知らずなのだろう。いまの世の中には、まさに獲るべき“魚”そのものがいないのだ。魚のいない川で一生懸命獲り方を教えても何の役に立つのだろうか?

 先ずは“魚”を放流しなければならないことは、子どもでも判る理屈だと思う。