うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

自分はさておき・・・

 ちょっと前に、文部科学省が発表した子供の体力が低下しているとのデータに関して、大阪のパフォーマンス知事が騒いでいる記事を読んだ。

 やれやれ、また、いつもの学力低下問題(=ゆとり教育はけしからん)への非難とおんなじだ。

 

 この学力低下を巡る問題とは、OECDが3年ごとに行なう学習到達度調査(通称:PISA、2006年は56カ国が参加、15−16歳の生徒が対象、数学・読解力・科学等を問う)というおせっかいなテストの結果、日本人の成績が2000→2003→2006と回を重ねるごとに順位が低下したため→日本の子どもの学力が低下した→ものづくり大国が崩壊する→ゆとり教育はけしからん→ついでに日教組もけしからん という騒ぎのことを指す。

 そもそもこのPISA自体がかなり怪しいもので、参加校、参加者がよく判らないうえに、中3~高1という受験生を含む層に当たる参加者の本気度も更に不明である。(あなたの知り合いでPISAを受けた人を知ってる?) 数学・科学オリンピックみたいに、○○高校の○○君が出場して金メダルを取りました という訳ではないのだ。

 当然、PISAで高得点GET=参加メリット(受験に加算or内申点UP等)とは全くならない。こんなテストに本気で付き合う生徒がどれくらいいるのか?

 しかもこのおせっかいなテストは、全部で6時間半も掛かるうえに、各自の学習習慣や学習動機、家族の属性まで問われるとのこと。まったくご愁傷様としか言いようがない。

 このPISAでいつも上位には入っているのが、フィンランド、韓国、香港、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、台湾等といった国々で、特にフィンランドは、北欧好きの日本人から北欧型の教育などと持ち上げられ、多くの視察の対象になっている。(ちなみに、国内の全国学力調査のトップは秋田県

 だが、上位の国々を見渡しても、だいたいこじんまりした国ばかりで、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、中国(参加したかどうか不明)など日本のライバル国はいずれもベスト10に入ってない。競争相手になりそうな国で、日本より上位なのは韓国ぐらいか。

 しかし、フィンランドや韓国、ついでに秋田県などの国民や県民ははたして幸せなのだろうか。多くの日本人は、北欧諸国=理想の国という幻想を抱いているが、実際のフィンランドは自殺率が非常に高く、政府を挙げての取組みによってようやく日本並に下がってきたし、失業率も劇的に改善したといわれているのに8%近い。韓国も同じで、自殺率はOECDで最悪であるうえに、日本以上といわれる厳しい受験競争を勝ち抜いても大学生の就職率が50%程度しかないといった惨状である(秋田県も自殺率が日本で最悪)。

 また、フィンランドではノキア、韓国ではサムソンといった具合に、一握りの巨大企業と弱小企業ばかりで産業基盤が手薄だから、国内にはまともな働き場所がなく、結局海外や首都圏(だいたいはアメリカ、秋田の場合は東京あたり)に人材が流出してしまう。結果として、個人は優秀でも、それを国家全体の利益につなげられないために、経済基盤が弱く、人口も増えない。何のことはない、それらの流出する人材を吸収するアメリカ(秋田の優秀な生徒も秋田大には行かないだろう)にいいように利用されるだけなのだ。

 こういった馬鹿げた状況をよく見もせずに、日本の子どもの学力や体力の低下を愚痴ったり、文句を言うものがいるが、果たして自分が子供の頃はどうだったのか?彼(彼女)らは、自分を棚に上げて、文科省や学校、他人の子どもに散々文句を言い散らかしているが、自分たちだって大した成績ではなかったはずだ。

 なのに、TVや雑誌(プレジデントファミリーほか)に煽られて、公立校ではダメ、中高一貫の有名私立でなければなどと無駄金を使うことに懸命になっている。その割りには、明治大や立教大、青山大、関関同立あたりを一流校だと言い張り、ややもすると日東駒専レベルまでそれに含めようとする盲目ぶりには呆れるばかり。

 繰り返すが、PISAなんか受験には何のメリットもないのに、訳のわからないテストを受けさせられ、その結果を大げさに取り上げられて最近の子供は学力が低下しているなどと難癖を付けられる生徒こそいい迷惑だと思う。 実際にフィンランドや韓国、秋田のように結果とメリットが直結しないのは本当に不幸なことだ。

 解決策は単純で、一定の水準の大学(国公立、有名私大)を卒業できれば生活を一生保障する社会にすればよい。つまり、結果に対する報酬(メリット)を明確化すべき、昭和や平成バブルの頃まではこういった暗黙の約束があったので学力水準が保っていられた。

 だいたい、学生はぼんやりしているようで将来の見通しは敏感だ。学力で結果を出せば生活が保障されるとわかれば、外野がつまらぬ心配をする必要もなく猛勉強するはずで、学力調査の結果など言うまでもなく上がるはず。

 小学生に対する英語教育必修化も同じことで、一体子供に何を期待しているのか?

 英語なんて話せる人間は世界中に掃いて捨てるほどいるし、既に国内にも相当数おり、あきらかに過剰気味だ。TVでKDDIの子会社の海外向けオペレーター(無論英語は堪能)の非正規雇用問題が取り上げられていたが、彼女らの時給はたったの1,200-1,400円程度とのことで、マックのバイトと大差ない。ネイティブ並みの英語力を持つ彼女らにしてこの程度の待遇しか受けられないのが現実なのに、眉間にしわを寄せて英語教育の必修化を叫んでいる愚か者が多数いる。 この愚か者は、恐らく殆ど英語など話せもしないし聞き取りもできないだろう。自分の無能さには目もくれずに、下らぬことを他人に強要する。彼らが、子どもの頃から英語を勉強してもう少し話せていれば俺(私)の人生やポジションも変わったはず・・・などと夢想するのは単なる幻想にすぎない(実際あなたの職場で英語を必要とする仕事がどれくらいあるのか?)

 

 ちゃんとしたところを卒業すれば、あるいは他人より優れた能力を身に付ければ、人並み以上の職に就ける(=高収入)ようにする(公務員でも一流企業でも可)。この当たり前のシステムや受け皿を用意もせずに子どもの努力不足を非難しているが、自分たちの時代はどうだったか。 高度成長やバブル景気のおかげでそういったルートが用意されており、運良くそれに乗ってこれただけで、昇りエスカレーターに乗れた時代の人は、降りエスカレーターにしか乗れない時代の人を非難する資格はない。自分たちの運のよさを棚に上げて、他人の不運に対して根拠のない批判を行うのは無責任なことだ。

 近頃は、この手の自分はさておき○○はけしからん、○○すべき・・・という輩が多すぎ、あちこちで諸問題解決の足を引っ張っている。

 実際には喜んで受け取るくせに定額給付金を批判する者、非正規社員に職がないのは本人の努力不足などと勘違いしている者、自分は目を剥くような高級を取っていながら日本の人件費は高すぎるとのたまうエコノミストやマスコミなんかもこの類だろう。