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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

信号機すら動かなくなる明日の日本

『兵庫は“赤信号” 信号老朽化、全国ワースト2位』(神戸新聞NEXT 5/6)
https://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201705/0010162095.shtml
兵庫県内で信号機の老朽化が進んでいる。「信号の心臓部」と言われ、色をコントロールする「信号制御機」の更新期限は設置から19年とされているが、2015年度末で全体の33.7%が期限が過ぎている。厳しい財政状況の中、十分な予算措置が取れないことが背景にある。警察庁によると、都道府県別で福島県の35.6%に次ぐ高い数値となっており、故障によるトラブルが懸念されている。
兵庫県警交通規制課によると、2015年の1年間で老朽化による信号機の不具合が8件発生。信号が消える「滅灯」が5件、点滅信号に変わる「閃光(せんこう)」が2件、色が変化しなくなる「現示停止」が1件あった。(略)」

記事では、兵庫県内にある信号制御機約7,300基のうち、およそ2,500基が更新時期を経過し、最も古いものは1986年製で30年以上も使われているそうだ。

信号機の寿命が20年未満しかないことを今回初めて知ったが、意外に短命な印象だ。

兵庫県警の担当課によると、信号制御機1基当たりの更新費用は、安いものでも約100万円もする一方で、県警に充てられた2016年度の信号機や交通標識などの交通安全施設整備費用は、たったの19億円ほどしかなく、10年前と比べて半分にまで削減されているらしい。

これでは、予算を全て信号機の更新に注ぎ込んでも間に合わない計算になる。
ちなみに、2015年度に更新した信号機は、たったの115基だけで、このペースだと、10年後には更新切れの信号機が65%以上に増える見込みだそうだ。

交通安全施設整備費用は、当然、交通標識の設置や更新、横断歩道の塗り替えにも費やされるから、信号機の更新に使える額は極一部に過ぎない。
案の定、県警の担当者は「財政難などで予算が確保できず、更新に十分な費用が充てられない」と嘆いているらしい。

兵庫県内の交通事故件数は、2016年で2万7千件余りと長期的に減少傾向にある(これは全国共通の傾向)が、いまだに年間150人以上の死者を出している。
中でも、信号無視などの交差点絡みの事故は8,000件近くにも及び、事故件数の1/3近くになる。
【参照先】https://www.police.pref.hyogo.lg.jp/traffic/safety/jiko/datafiles/back28/data2.pdf
つまり、信号機の不具合は事故誘発に直結し、悪くすると死亡事故につながりかねない危険な兆候なのだ。

直接的な事故で一人の死者も出していない原発問題で大騒ぎするバカもいるが、死亡リスクが格段に高まる交通制御機器の老朽化を放置する事態こそ、国民の生命を脅かしかねない重大な事故に直結することを肝に銘じるべきだ。

今回の記事の末尾に、神戸大学大学院工学研究科の井料教授(交通工学)が、『大事なのは交通量が多く、危険度が高い場所など優先順位を決めて更新していくことだ。最近では、車両の通行域がドーナツ状になっている環状交差点など信号機を使わない運用も全国で始まっており、老朽化の心配がないメリットもある』なんて間の抜けたコメントを寄せているが、そんな呑気なことを言っているうちに、あちこちの信号機が誤作動し、死亡事故につながるような事故が頻発してしまうだろう。

井料教授は、“交通量が多く、危険度が高い場所など優先順位を決めて更新していくべき”と尤もらしいことを言ったつもりかもしれぬが、信号の故障は、交通量に関係なく危険度を急激にUPさせることが解らぬのか?

たとえ田舎の交差点でも、双方の信号機が同時に青を示してしまうような誤作動があれば、即事故につながってしまうことくらい想像できないのか?

また、ドーナツ状の環状交差点、いわゆるラウンドアバウトなんて、設置できる個所は極々一部に限られるし、それに要する予算もバカにできない(個人的に反対はしないが…)。
また、ラウンドアバウトは欧州の街並みに合わせた代物で、日本の道路事情にはほとんどマッチせず、そんな猿真似をしても、見慣れぬ環状交差点のせいで起きる交通渋滞やドライバーのイライラが増すだけだ。

マスコミの連中や世間一般では、スマホのながら運転や飲酒運転を目の敵にして取り締まるほど交通安全に対する意識が高まっているはずだから、兵庫県の財政当局が、交通安全の根幹たる信号機の更新費用を出し惜しみするのはおかしいだろう。

こうした信号機の事例を限らず、全国各地では「予算がない」というまことに馬鹿げた理由で国民生活の効用が台無しになっているケースが山積している。

行政府や立法府の連中だけでなく、国民の側も、予算なんて、国債を発行するか、紙幣を発行すれば幾らでも作れることをいい加減に勉強すべきだ。

原価がほぼゼロの紙幣の発行を惜しみ、我慢と忍耐を言い訳にして、生活改善の先送りや次世代への不自由のツケ回しをして逃げ回ろうとする現世代を指して、後世の人間は何と評価するだろうか?

北朝鮮のような問題児に肩入れするクズ

最近、橋下のクズをトンと見かけないと思っていたら、朝鮮半島から駄文を垂れ流して批判を浴びているようだ。

さすがに府知事や市長在職中に、業務そっちのけで日がな一日ツイッターとジム通いに熱中していただけのことはある。
ツイッターというSNSは、巷間噂されているとおり、やはり“バカ発見器”の名に相応しいツールだ。

『橋下氏「チキンレース北朝鮮の勝ち」ソウルから国際社会を批判』(産経新聞 4/30)
http://www.sankei.com/west/news/170429/wst1704290034-n1.html
北朝鮮が29日、弾道ミサイル1発を発射したことを受け、前大阪市長橋下徹氏は同日、短文投稿サイト「ツイッター」に投稿した。日米を含む国際社会と北朝鮮の現状を「チキンレース」と表現。「北朝鮮の勝ちだ。(国際社会側は)いったん負けを認めて次を考えるべき」と述べ、北朝鮮に軍配が上がったとの認識を示した。橋下氏は現在、韓国・ソウルに滞在中とみられる。(略)ティラーソン米国務長官国連安保理で発言した「北朝鮮の核は韓国への脅威」との主張を「完全な誤り。ソウル市民は北朝鮮の核には何の脅威も感じていない。こういう誤った政治家の判断が無駄な戦争を開始させる」などと批判した。」

まず、この時期に、わざわざソウルくんだりまで何をしに行ったのかは知らぬが、彼がツイートした「国際社会からの厳しい圧力・制裁を受けながらここまでの事態にこぎつけた北朝鮮。他方、厳重抗議しかしてこなかった日本とここまでの事態に至らせた国際社会。今回のチキンレースでは北朝鮮の勝ちだ」なる発言は、あたかも、北朝鮮側の“忍耐や努力”を称賛し、評価するかのようなニュアンスが滲み出ており、勘違いも甚だしい。

彼のようなニセモノは、得てして有事に馬脚を露す。

米朝両国間の軍事力や作成遂行能力、北朝鮮国内の政治バランスや国民感情などを冷静に分析できないから、ある時は、“北朝鮮の軍事力なんて張子の虎だ”と馬鹿にしたかと思えば、またある時には、“北朝鮮のロケット砲や長距離砲でソウルが火の海と化す、長距離弾道ミサイルが日本や韓国ばかりかアメリカ本土に打ち込まれて焦土と化す”と狼狽するハメになる。

まるで、罵倒や見下しの感情と、恐怖や怯気の感情が同居する躁鬱状態のようなもので、この手の人種は強い緊張感への耐性が弱く、そもそも“チキンレース”をする度胸すらない。

橋下のクズは、「北朝鮮の勝ちだ。いったん負けを認めて次を考えるべき」、「誤った政治家の判断が無駄な戦争を開始させる」と、すっかり怖気づき、早くも白旗を上げる気満々だ。

本人は、平和の維持を旗印に、格好良く名誉ある撤退を呼び掛けたつもりかもしれないが、自身が吐いた「厳重抗議しかしてこなかった日本とここまでの事態に至らせた国際社会」というセリフと明らかに矛盾している。

日米や国際社会は、これまで“戦略的忍耐”という大義名分の下で、傍若無人な振舞いを隠そうともせぬ北朝鮮という卑しい国に対して、中途半端な経済制裁と厳重抗議、そして、遺憾の意砲の発動くらいしか行ってこなかった。

要は、北朝鮮の我儘を温かく見守ってきたわけで、彼が吐いた上記のセリフも、そうしたニュアンスから語られたに違いない。
であれば、経済制裁や厳重抗議を超える厳しい処置(=実力行使)を忌避してきた国際社会の弱腰対応をこそ批判すべきであり、「今回のチキンレースでは北朝鮮の勝ちだ」と、北朝鮮のゴネ得を認めようとするとは何事か‼

一方、橋下のクズを擁護する意見もある。

北朝鮮ミサイル発射に橋下氏ツイート炎上!反応まとめ「認識不足では?」「いや正論」』
http://borderline.blue/
上記では、クズの主張を次のように“忖度”している。(※一部筆者が要約)
① アメリカの北朝鮮制裁の一番の目的は、自国に危険を及ぼす核を持った大陸弾道弾の開発阻止である。
②「北朝鮮核兵器保有は絶対に認めない」との主張は、核拡散防止条約で5大国のみが核兵器保有を認められているからというのがその理由であるが、それ以外の国が核兵器保有できないという合理的な理由はない。
③国際政治において一番重要なのは勢力均衡で、アメリカの攻撃によって金正恩体制が崩壊することの方が東アジアの勢力均衡を崩してしまう。
北朝鮮の今の状況で北朝鮮を叩くことは避け、日本の自衛力を高めるのが先決だ。

①②のような原則論を鵜呑みにして、自国周辺の軍事的リスクが高まるのを傍観するのはバカのすることだ。

アメリカの狙いが、北朝鮮による北米攻撃阻止であることくらい、誰もが承知の事実であり、北朝鮮の挑発が日本にリスクをもたらすのなら、アメリカの政治的ベクトルに乗っかり、それを利用して北朝鮮を軍事的に叩かせ、少しでも当方へのリスク軽減につなげるのが、戦略というものだ。

また、旧5大国だけが正式な核保有を認められるのは不平等だと言うのは尤もだが、それを理由に、北朝鮮のような独裁国家の核保有を認めようというのは、明らかに筋が違う。

国際外交において理屈や論理をまともに使おうとするのは、あまりにも稚拙なやり方で、「自国に有利な時は論理や大義名分を振りかざし、逆の場合は屁理屈を押し通してでも、それを頭ごなしに否定する」くらいの度胸と気迫が求められるのだ。

③の『国際政治において一番重要なのは勢力均衡で、アメリカの攻撃によって金正恩体制が崩壊することの方が東アジアの勢力均衡を崩してしまう』なんて甘っちょろい愚見は、情報のアップデートを怠った時代遅れの発言としか思えない。

東アジアだけでなく、アジア全体や世界レベルに目を拡げても、各エリアにおける多角と比べた我が国の地位が、“勢力均衡”で治まっていると思い込んでいること自体がどうかしている。
世界経済に占める日本のGDPの割合は、9.8%/1980年→8.8%/1991年→4.1%/2016年→3.5%/2021年(予測)と、プレゼンスは低下の一途を辿っており、こと日本に限っては、均衡どころか縮小する未来しか見えないのが現実だ。

拙いながらも軍事力を増強し続ける北朝鮮は、韓国が未だに飛ばせぬミサイルの発射にも何度か成功しており、東アジアの勢力均衡なんて夢物語に酔っているうちに、かの国は危険な武器を手に入れようとしている。

勢力均衡が大切、冷静な対処を”と、見掛け倒しの大人の対応を取っているうちに、北朝鮮の軍事力が無視できなくなるほど拡大するリスクは否定できない。
なにせ、当の北朝鮮は「勢力均衡」なんて端から望んでいないのだから、攻撃の手を緩めようと進んで妥協する方がバカを見るに決まっている。

自国の周辺に、常識が通じぬ狂気の独裁者が支配する国が存在する以上、いかなる手段を講じても害を未然に処置&消毒しておくことは、国家の安全保障上当然だ。
【参照先URL】https://matome.naver.jp/odai/2138691881871408601

北朝鮮の今の状況で北朝鮮を叩くことは避け、日本の自衛力を高めるのが先決』なんて呑気なことを言っていたら、あと30年後くらいに日本は別の国になってしまうだろう。

アメリカの武器と血を利用してでも眼前のリスクを除去し、その間に我が国は自国の軍事力を着々と養成する狡猾さが必要だ。

リクライニング論争に見るマナーレベルの低下

世間はGW真っ只中で、満員列車や飛行機で窮屈な思いをしながら移動なさっている方も多いだろう。

乗り物といえば、最近、座席のリクライニング機能、つまり、シートの背もたれを倒せる許容範囲の件が、ネット上でちょっとした話題になっている。

事の発端は、お笑い芸人の小藪千豊氏が新幹線に乗車した際に、座席のリクライニングを限界まで倒そうとして、後ろの乗客から怒られたことをボヤいたことをツイートしたことによる。
https://twitter.com/koyabukazutoyo/status/847249893664018436?ref_src=twsrc^tfw&ref_url=http://sobadue.com/652

これを受けて、ネット上では、小藪氏の非常識さを非難する意見と、彼を擁護する意見が飛び交い、興味を持った西日本新聞の記者がJR西日本や九州、西鉄バスに事業者サイドの見解を質したところ、「シートの機能活用は自由だが、後ろの乗客には配慮を」(JR西日本)、「ルールはない。車内秩序の維持に協力をいただきたい」(JR九州)、「後ろのお客様へ配慮の上、座席を倒しておくつろぎくださいとアナウンスはするが、基準やマニュアルはない」(西鉄バス)と、通り一遍の建前論しか返ってこなかったようだ。

過剰サービスが当然視され、一億総クレーム社会と化した現状では、乗客同士の諍いを裁く行司役という火中の栗を拾うような損な役回りは勘弁してほしいという本音が覗いている。

小藪氏を擁護する意見には、「長距離移動では座り心地は重要。リクライニング機能がある以上、最大限倒す権利がある」、「前の人が倒したら後ろも倒せばいいだけ」、「リクライニングされるのが嫌なら別の乗り物に乗れ」といった権利行使論や強硬論が目立つ。

筆者も出張で特急列車や飛行機に乗る機会が多いが、何も断りなく、結構な角度でシートを倒して平気な顔をしているマナーの悪い乗客に遭遇することがある。

因みに、新幹線のリクライニング角度は、グリーン席で25~31度、普通席で20度くらいだそうだが、リクライニングで20度という数値はかなり後ろに倒れる印象で、20~30度ともなると、後ろの乗客は自分の空間を相当狭められたと感じるだろう。

ネット上のフルリクライニング擁護派の意見は、料金の対価としての着席権とシートに備わった機能の活用権を限界まで行使するのは当然だと言った横柄なものが多い。
いい大人が、後ろの乗客に配慮せず、断りもなく大幅にシートを倒した挙句に、「シートが倒せるまで倒して何が悪い」と逆切れする姿は傍目にも格好が悪すぎる。

リクライニング機能の限界まで倒すのが当たり前だ、なんて屁理屈をこねるバカは、電車のつり革の限界荷重値は300~400㎏だから、車内でオレが懸垂しても許されるはずだとでも言うつもりか?
また、自分が買ったスマホや音楽プレーヤーの機能をフル活用するのは当然だから、機器の音量を限界値まで上げても誰も文句を言うな、と胸を張って言えるのか?

列車や飛行機のような公共空間を自宅のベッドと勘違いする幼稚なバカ者は、恥ずかしいし、他人の迷惑になるから、特に混雑するGWには一歩も外に出るな、と厳しく叱りつけておきたい。

フルリクライニングが許されるのは、体調の悪い急病人や妊婦さん、腰の悪い後期高齢者くらいで、一般人は5~15度も倒せば十分だ。

後ろの乗客に配慮してひと声かける、不快に思われない程度の角度に抑えるといった程度の常識すら持てず、「シートを倒せるだけ倒すのがカネを払った者の権利」だと屁理屈を捏ねる非常識なバカに公共交通機関を使わせてはならない。

社会生活の基本ルールすら守れずに、他人と公共空間を共有できぬ痴者は、他社の迷惑にしかならぬから、マイカーでの移動を義務付けた方がよい。

インフレターゲット政策擁護派VS否定派の不毛な諍い

4月27日の金融政策決定会合で、日銀は、好調な生産や輸出を理由として、景気判断を従来の「景気は緩やかな回復基調を続けている」から、「景気は緩やかな拡大に転じつつある」に引き上げた。

「拡大」という表現を使うのは9年ぶりだそうで、日銀と、それを支える政府首脳部の強気な姿勢が覗えるが、ほとんどの家計や企業は、性急すぎる景気判断の引上げに対して冷ややかな視線を送っている。

マスコミや識者レベルでも、リフレ派のように熱心な日銀擁護派以外は、黒田総裁や日銀首脳部の能天気ぶりに呆れて、まともに相手にする気もないというのが本音だろう。

だが、彼らの日銀批判や金融緩和政策批判は、いつも的外れで本質からズレたものばかりだ。

『漂流する日銀物価目標、誰も「もう十分」と言えない事情』(ダイヤモンドオンライン特任編集委員 西井泰之 4/28)http://diamond.jp/articles/-/126283
上記コラムを執筆した西井氏は、構造改革嗜好論的な立場から、日銀の異次元緩和政策に否定的な意見を述べている。

彼は次のような屁理屈を並べ立てて、デフレ構造が定着した日本では2%もの物価上昇は無理だ、金融緩和政策のような麻薬に頼らず緊縮政策と構造改革により社会構造を筋肉質に変えるべきだといった趣旨の主張をしている。

「移民などによって新しい労働力が常に供給され、景気がよければ雇用の増加や賃金上昇といったものにすぐさま反映される国と、労働人口が急速に減っているにもかかわらず、企業が安定雇用を重視して賃金を抑制させる日本のような国とでは物価の上がり方も違う」

「モノやサービスがあふれる成熟経済に入った日本で、お金の供給量が増えたからといって、企業や家計は、投資や消費に資金を振り向けようとはしない。企業は国内に投資先が少なくなり、資金をたんまり貯め込んでしまっている。団塊世代がリタイアした高齢社会では、年金や退職金で暮らす人も多く、預貯金などが目減りするインフレよりも、実質購買力が高まるデフレの方が都合がよくなっている。若い世代にしても、雇用や将来不安から消費を抑え、賃金が増えない中でお金を使わないライフスタイルが主流となってきている」

「90年代後半以降、「戦後最長」を含め3回の景気拡大局面があったにもかかわらず、消費者物価(生鮮食料品など除く)が一時期を除いて前年比マイナスが長く続いてきた背景には、地球規模の「生産供給構造」の変化がある。グローバル化が本格化する中で、中国や新興国を舞台に、安い労働力を使った生産力が拡大し、世界的な生産の供給過剰の状況が生まれた。さらにはIT化により生産性の上昇と省力化が進み、物価を押し下げることになった。」

「市場関係者からは、「そろそろ、(ゴルフの)『OKルール』を適用してもらいたい、というのが日銀の本音では」という声も聞こえてくる。(略)アベノミクスは「やっている感が大事」と考えている節のある官邸は「とんでもない」と言うだろう。日銀による国債購入で赤字財政を支えてもらっている財務省も、増税をしたくない自民党もOKは出さない。超金融緩和政策による円安により、輸出競争のハンディをもらって収益を上げてきた輸出中心の企業も然り。銀行さえも、最近でこそ「マイナス金利」で収益が圧迫されると不満を口にするが、貸出先が乏しい中で国債をせっせと高値で買ってくれる日銀はありがたい存在だ。つまり、みんなが日銀におんぶに抱っこでやってきたわけで、誰もOKとは言わないだろう。」

西井氏の論は、一見、日銀の判断の甘さを指摘する体を取りながらも、その真意は、
・日本経済をデフレ化させた緊縮政策や資本・人材移動の自由化政策といった“病根”を放置&看過してデフレ構造を定着させろ
・金融緩和政策みたいに財政改革を弛緩させるような“施し”は厳に慎むべし
と言っているようにしか聞こえない。

彼はさりげなく、『移民などによって新しい労働力が常に供給され、景気がよければ雇用の増加や賃金上昇といったものにすぐさま反映される国』なんて言いつつ、「移民=活性化」というイメージを植え付けようとするが、そんなものはあり得ない詭弁に過ぎない。

我が国では、さも人手不足が喫緊の課題であるかのように述べるのが流行だが、多くの企業は、若年労働者不足を口にしながら、最終需要(売上や収益)不足を理由にして、雇用条件を上げられないでいる。
要するに、人手不足の真因は、需要増加によるポジティブなものではなく、マス層の高年齢労働者の退職時期と、そもそも人口の少ない若年層の就業時機がたまたま重なっただけというネガティブな事象によるものということだ。

我が国の経済が直面しているのは、相変わらず深刻な需要不足であり、移民容認は、雇用条件の低廉化やデフレの固定化、治安の悪化、社会保障負担の増加、移民に批判的な言論の弾圧等といった負の影響しかもたらさぬ下策中の下策でしかない。

西井氏が理想とする「新しい労働力が常に供給される」労働環境とは、時給が少しでも上がると用なしとばかりに切り捨てられる派遣社会と同じ発想だ。

それにしても、大手マスメディアに掲載される金融緩和政策を巡る議論が、常に、「金融緩和政策万能論」VS「緊縮&構造改革万能論に立脚する金融政策無効論(デフレ容認論)」に収束してしまうのは何故なのか?

片や、金融緩和政策だけで実質金利が下がり、経済主体が投資や消費を活発化させるという妄想を頑なに信じ込み、もう片方は、財政改革や構造改革でグローバス化社会を生き抜く術を身に着けるのが大切で、金融緩和政策は甘えの構造を生み改革の邪魔になる、といった具合で、何れの主張も勘違いも甚だしい。

何れの論も、デフレ脱却や経済成長、所得や収益の増進の重要性や必要性を正面から認識できておらず、政策の方向性が国民の側に向いていない。
この程度の欠陥論が大手を振って歩いているうちは、デフレ脱却なんて絶対に不可能だろう。

両者の愚論から抜け落ちている『積極的な財政政策と適切な規制強化論』こそが経済成長の最も重要な鍵である。

当の日銀が実施した「生活意識に関するアンケート調査(第69回)~2017年3月調査~」でも、『景況判断の根拠については、「自分や家族の収入の状況から」との回答が最も多く(57.7%)、次いで「勤め先や自分の店の経営状況から」(35.0%)、「商店街、繁華街などの混み具合をみて」(25.9%)といった回答が多かった。(複数回答)』といった具合に、市井の人々は自分の給与明細や財布の重さで景況感を判断することが明らかになっている。

ならば、それを実現できる政策を打つしかない。

日銀擁護派や、緊縮&改革万能派(=デフレ容認派)の連中には、持説が人々の景況マインドを変える自信があるのか、はっきり答えてもらいたい。

ICタグによる省力化を活かせる経済環境を

『全コンビニに無人レジ 大手5社 流通業を効率化 ICタグ一斉導入』(日経新聞 4/18)
http://www.nikkei.com/article/DGKKZO15427060Y7A410C1MM8000/
「セブン―イレブン・ジャパンやファミリーマートなど大手コンビニエンスストア5社は消費者が自分で会計するセルフレジを2025年までに国内全店舗に導入する。カゴに入れた商品の情報を一括して読み取るICタグを使い、販売状況をメーカーや物流事業者と共有する。深刻化する人手不足の解消を狙うとともに、流通業界の生産性向上につなげる。
経済産業省と共同で発表する「コンビニ電子タグ1000億枚宣言」に、25年までにセブンイレブン、ファミマ、ローソン、ミニストップニューデイズで取り扱う全ての商品(計1000億個)にICタグを貼り付けると明記する。
 コンビニで買い物をする消費者は商品をカゴや袋に入れたまま専用機械を組み込んだ台に置くだけで会計できる。スーパーではバーコードを一つ一つ読み取るセルフレジが広がりつつあるが、日用品を扱う大手がカゴごとに瞬時に会計できる仕組みを全面導入するのは世界でも例がないという。(略)」

流通業界へのICタグ導入は、いまから10年以上前にも本格的に議論されたことがあったが、当時は一枚数百円にもなる導入コストが障壁となりほとんど普及しなかった。
その後の技術革新を経て、現在の生産コストは一枚あたり10~20円程度まで引き下げられ(米国では5~6円程度のものまであるらしい)、折からの人手不足問題(=安値で働いてくれるバイト不足)も相まって、普及論が再燃している。

ICタグ導入に期待されるのは、主に次の点だろう。
①レジ処理の高速化(盗難防止タグの代わりにもなる)
②レジ人員の削減効果
③在庫管理の高速化&省力化
④物流の効率化

今回は経産省が旗振り役となり、大手コンビニ各社と組んで普及を図るものだが、小売り現場への本格的な導入までには克服すべき課題も多い。

生産コストが10円に下がったとしても、川下の導入価格はこの倍以上になり、個々の商品価格に跳ね返るから、チロルチョコや十円菓子のような低価格品にまで貼り付けるのは難しい。

また、レジ処理の高速化についても、購入された商品をレジで正確に読み取るためには、タグに組み込まれたRFIDリーダー側アンテナの電波出力の微妙な調整が必要になる。
これが適切でないと、隣りのレジに並んだ客が購入した商品を誤って読み取ってしまうリスクもあるそうだから、店舗のレジ周りのレイアウト設計を抜本的に見直す必要もある。

さらに、レジ処理を高速化するのは良いが、後工程の袋詰めコーナーで顧客が大渋滞を起こしてしまう懸念もあり、事は単純ではない。

だが、イチャモンをつけるばかりでなく、利点もきちんと評価する必要がある。

ICタグ導入のメリットは、レジ周りよりも、むしろ、在庫管理や物流管理といったバックヤード作業の省力化にある。

人手に頼みの在庫管理、熟練者のノウハウ任せのピッキング作業、営業時間短縮や残業がつきものだった棚卸作業、いちいち伝票との照合が必要だった入出庫の検品作業等々、煩雑さの象徴でもあった倉庫作業が省力化され、余剰作業時間を前向きな商品管理や経営戦略などの立案・実行に充てることもできる。

また、小売店の現場でも、在庫がリアルタイムで可視化されることにより、店員は自店や他店舗の在庫状況を迅速に把握でき、売れ筋商品の積極投入や販売機会ロス防止、在庫削減によるコストダウンといった効果も期待できる。

ICタグ導入に関する個々の企業の取り組みは、かつてJANコード(バーコード)がセブンイレブンでの導入をきっかけに一気に普及したのと同様に、大手流通業者の本気度如何で普及する可能性は大いにある。

問題は、ICタグ導入が生み出す余剰作業時間と人材を、社会がどのように活かせるかという点に尽きる。

コンビニや大手スーパー各社が、単にレジ打ちのバイトやパートを減らして知らぬ顔をするだけなら、社会全体の効用はプラスにはならない。
人手不足だ、省力化だと大騒ぎした挙句に、結果として、立場の弱いバイトやパート人材を追い出すだけなら、安値バイトを他社にツケ回しすることにしかなるまい。

ICタグの導入費用は、規模に応じて数千万円~数十億円にもなると言われており、流通各社がこれを本気で検討するからには、“人材”の存在価値が、そうした多額の投資に見合うだけのレベルに向上したことに他ならない。

ならば、そうした貴重な人材を適正な水準の雇用条件で遇するよう、雇用する側(企業)も努力すべきだ。

特に、大手企業は、ここ数年の決算で史上最高レベルの収益を上げているのだから、自社の社員や下請け業者に対して、その果実をきちんと分配すべきだ。
そうした取り組みこそが、真のCSR(企業の社会的責任)の在り方であろう。
とかく、CSRというと、社員を動員した地域のゴミ拾いや東南アジアでの植林活動みたいな下らぬゴッコ遊びをして自己満足する企業が多いが、給与の引き上げ・雇用の安定・下請けへの適正な支払いこそが、CSR活動の一丁目一番地だと言える。

また、行政府や立法府においても、働き方改革だ、下請け相談だと、機運盛り上げのための旗振りをするのは良いが、“口先介入”だけでカネを出さぬようではまったく無意味だ。

企業活動の現場、特に、中小企業の経営者の多くは、原材料価格や労働コストの上昇(といっても、時給を数十円上げる程度なのだが…)を商品価格に反映できず、収益縮小に悩んでいる。

こうした社会の末端にいる経済主体の苦悩をマクロレベルで払拭できるのは、政府による積極的な財政金融政策と適切な分配を実現させるための監視や規制の強化しかない

為政者の連中は、ICタグ普及の取り組みを、経産省やコンビニ各社に放り投げ、黙って眺めているだけじゃなく、普及後の影響を上手く社会が咀嚼できるよう、マクロ経済環境の整備に一刻も早く着手すべきだ。

いつまでも、あると思うな国とカネ

『「トランプ円高」が加速 朝鮮半島リスクとドル高けん制で』(Newsweek 4/13)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/04/post-7405_1.php
「トランプ円安」から一転して「トランプ円高」になってきた。シリアや北朝鮮を巡る米国の軍事行動が地政学リスクを高め、逃避の円買いが進行。トランプ米大統領のドル高けん制発言も加わり、ドル/円JPY=EBSは一時108円台まで落ち込んだ。
「有事」の際、円高・円安どちらに進むかは見方が分かれているものの、足元では海外短期筋による円ロングの勢いが勝り、節目を次々と突破している。(略)
北朝鮮がイベントに合わせて核実験やミサイル発射などを行えば、緊張が一気に高まる。「朝鮮半島で有事となれば、瞬間的に最大2-3円程度の円高が進む可能性もある」と三菱UFJモルガン・スタンレー証券・チーフ為替ストラテジスト、植野大作氏は予想する。(略)」

ここのところ、リーマン・ショック(2008年9月)、欧州債務危機(2010年)、東日本大震災(2011年3月)、英国民投票によるEU離脱決定(2016年6月)など、世界的に経済・政治リスクの高まるビッグイベントが発生するたびに「有事の円買い現象」が起きている。

その都度、エコノミストや経済学者らが、“なぜ、世界的有事の際に、財政基盤の脆弱な円が買われるのか?”とコメントするのが慣例化しつつある。

今回の朝鮮有事リスクに関わる円買いの進行に対しても、米国よりも地政学的リスクが遥かに高い日本の通貨が買われることに疑問の声が寄せられている。

正直言って、エコノミストや経済学者が、あれやこれやと愚にもつかぬ予想を巡らすよりも、実際に通貨を売買する為替ディーラーや投資家の連中に直接円買いの理由を訊けば済む話ではないか?

ディーリング・ルームに足を運んで、「財政危機を抱えるはずの円をなんで買うの?」、「日本は北朝鮮のミサイル攻撃を受けるかもしれないのに、円を買って大丈夫なの?」と問い質して来ればよい。

高橋洋一みたいに勝手な妄想を膨らませ、予想自慢を吹聴するのは、まことに見苦しい。偉そうに高説を垂れるつもりなら、やはり、自らの眼で現場の声を聴くほど確かなことはない。
【参照先】「北朝鮮で緊張が高まると、なぜ「日本の円」が買われるのか?」http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51494

筆者自身は、円という通貨の価値を疑う気持ちなど露ほどもなく、円こそ世界最強クラスのハードカレンシーだと単純に受け止めている。

投資家や為替ディーラーが世界的リスクに備えて円買いをする理由や、一般国民が財政危機説を妄信しながらも資産のキャピタルフライトを起こさぬ理由など知る由もないし、興味もないが、そうした人種が“円”から離れようとしないのは、単に、「国家」という最大概念の社会基盤に対する憧憬的な甘えと、抜群の信用力を保持する「円という現金」に対する甘えの気持ちを捨て切れぬからだろう。

日本という優れた生産力と社会制度を保有する国家と、その信用力に裏打ちされた円という通貨の存在に甘え切っているくせに、平時には、「日本は閉鎖的で財政基盤が脆弱な国」、「日本には歳出改革と構造改革が欠かせない」、「規制緩和と移民促進により、日本を世界標準に合わせるべき」などと日本社会に文句ばかりつけている。
まるで、親の庇護下でぬくぬくと暮らしておきながら、親の悪口しか言わぬ青臭い中学生のようなものだろう。

それほど日本社会に絶望しているなら、さっさと財産を処分し、ドルにでも換金して海外へ移住すればよいのに、日本は世界の孤児になると文句を垂れる連中ほど、一向に出て行こうとしないから始末が悪い。

本当は、彼らも、日本の財政危機説なんて信じていないのかもしれないし、グローバル化のバスに乗り遅れて世界の笑いものになるなんて思ってもいないのではないか?

口先では、日本は財政破綻する、労働力不足でモノづくりができなくなる、保護貿易に舵を切って世界から孤立してしまう、なんてレベルの低い批判を繰り返しているが、そういった表向きの態度は、マスコミの連中や意識の高さを自称する識者の意見に何となく乗せられているだけで、「たぶん日本は何とかなるさ」というのが本音だろう。
だからこそ、有事の円買いに走り、資産の海外逃避にも消極的なのだと思う。

彼らの深層心理では、日本という国家、円という通貨の盤石さを疑っていないからこそ、五月雨のように批判を浴びせ続けて行けるのだろう。
我が親の生活力や身体的頑強さに絶対的信頼を寄せていればこそ、いくらでも甘えて文句を言い続けられるのと同じことだ。

だが、彼らが、いくら硬いモノをぶつけても絶対に壊れないと信じ込んできた国家という存在は、案外脆いもので、小泉バカ政権以降、既に20年もの間、国民から石を投げつけられ、殴打され続けてきた日本という国家の基盤は、もはや内部から崩壊しかかっている。

人々は、国家という存在を、自分たち個々人とは別の、政治家や官僚が動かしている何か超越した行政体のようなものだと捉えているが、そういった考えはまったく誤っている。

国民一人ひとりの存在こそが国家なのであり、緊縮政策や構造改革、移民促進といった類の国民の生活基盤を破壊する政策を熱狂的に支持する態度は、自らの身を破滅し、ひいては、国家そのものを弱体化させることに直結することを、重々留意せねばならない。

国民は、有事の円買いが起きているうちが華であることを一刻も早く自覚しておく必要があるだろう。

不満と敗者しか生まないジャンク論

『珍説の宝石箱』である中嶋よしふみ氏のコラムは、いつも新しい刺激を与えてくれる。

「「平等に貧しくなろう」という上野千鶴子氏の意見が正し過ぎる件について」(中嶋よしふみ シェアーズカフェ・オンライン編集長 ファイナンシャルプランナー 2/16)
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/49492380.html
「先日、中日新聞に掲載された社会学者の上野千鶴子氏のコメントが話題になっている。「平等に貧しくなろう」というドキっとさせられる見出しで、賛否両論が巻き起こっているようだ。
 上野氏のコメントを手短にまとめると「今後の日本は人口が減る事は避けがたい、移民の受け入れも治安が悪化する事を考えれば難しい、そうであれば経済成長を無理に目指すことはあきらめた方が良い、再分配機能を強化してみんなで平等に貧しくなればいいのではないか」といった内容だ。
この内容に上野氏と立場を同じくする人は「移民の受け入れで治安が悪化するなんて多様性を尊重してきた人の発言とは思えない」と反発をしている。一方で逆の立場の人からは「平等に貧しくなんてとんでもない、勝ち逃げ世代の上野氏がこんな発言をするなんて許せない」とあらゆる立場の人から批判を受け、同意する意見がほとんど見当たらない。
上野氏は何か滅茶苦茶な事を主張しているのだろうか。反論の内容も一理あるとは思うが、やはり上野氏の意見は正しい。ただしそれはおそらく上野氏の意図とは全く異なる意味でだ。(後略)」

中嶋氏の上野千鶴子擁護論の詳細は上記URLからご覧いただくとして、今回の珍説は、次の二頭立て仕様になっている。

①金融資産などのストック課税強化により国民負担率を増やし、再分配機能を強化することで、“裕福な人と貧しい人との収入格差”、“若者と高齢者の世代間格差”の是正を図るべき

②人々は日常の消費活動や企業行動を通じて経済成長に「加担」しており、経済成長を拒否することは生きている限り不可能だ

まず、上記①②を論じる前に、中嶋氏が、上野千鶴子の「自然増はもう見込めません。泣いてもわめいても子どもは増えません。人口を維持するには社会増しかない、つまり移民の受け入れです。」という大バカ発言をすんなり認めていることは、彼が単なるジャンク論者であることの何よりの証左となるだろう。

過去にも、ヨーロッパでは、ペストや百年戦争により人口大縮小を経験したが、その後の社会の安定化により、立派に人口の自然増を達成している。

特に、ペストによるヨーロッパ全体の死者は約25%にもおよび、地域によっては致死率が60~80%にも達するという荒ましさで、まさに「猖獗を極める」という酷いありさまだったが、そうした苦難を人類が乗り越えてきた歴史を、大学教授たる上野千鶴子は知らぬのか?

ましてや、供給能力や医療先端技術で世界のトップランナーを走る我が国で、人口自然増があり得ないと考えるなんて、論評する以前に、頭がおかしいとしか言いようがない。

さて、中嶋氏は、上記①の持論を語るに当たり、年金と生活保護を一体化した「生活保護年金」や一定額以上の資産を保有する層への年金カット制度の導入を訴えている。

彼の主張を具体的に並べてみると、次のようになる。
生活保護年金】
生活保護には「貰うと恥ずかしい」というおかしな印象を持つ人がなぜか多数いる。年金も健康保険も失業保険も生活保護も全て社会保障の一環なのだが、生活保護だけは別格らしい。もし自分が事業に失敗するなり病気なりで収入がゼロになったら遠慮なく貰うと思うが、何が何でも生活保護なんて貰いたくない、プライドが許さないという人も少なくない。そうであれば、そういった偏見を利用して「貯金があるのに年金を貰うなんて恥ずかしい」という新しい常識が出来るように仕向けてしまえば良い。』

【資産状況に応じた年金カット制度】
『現実的な政策に落とし込むのであれば「貯金が200万円以上なら年金ゼロ」はやはり難しい。それならば「貯金が200万円以上なら年金は1割カット」ならどうか。かなり現実的な数字になると思われる。』

彼が、こうした幼稚な緊縮論を声高に主張する背景には、独特の財政危機論や成長天井論があるように思える。

この手の神経薄弱論者は、“このままでは日本の財政や社会保障制度は持たない。富める者の負担増と、持たざる者への支出カットが欠かせない”と思い詰めたうえに、おカネを神聖視するばかりでそれを活用する術をまったく知らぬ素人だから、国民にとって何のメリットもないコストカット策を激烈に支持したがるから救いようがない。

コラムの後段で、彼は『年金を1割カットすれば年間50兆円を超える年金の支出額を兆単位で減らすことが出来る。2割まで許容できるなら支出カットは2倍に増える。これだけ劇的にカットが出来れば保育園不足も大学の奨学金問題もあっという間に解決する。貯金200万円以上なら医療費は現役世代と同じで3割負担とすれば、40兆円を超す医療費もかなり削減が可能となるだろう。』とも述べている。

「貯金が200万円以上なら年金は1割カット」なんて平気で口にするバカには解らぬだろうが、二人以上の世帯の貯蓄階層別の人口分布をみると、貯蓄額200万人以上の世帯割合が83%を超えており、年金1割カットなんてやった日には、国民から大反発を喰らうだろう。

中嶋氏のような守銭奴は、単純に目前のコストカットにしか関心がなく、そうした愚策が国民の消費マインドに大寒波をもたらし、更なるデフレ悪化や格差拡大に直結することまで考えが及ばない。
コストカットや負担増は、不満と敗者しか生まないことすら解らぬのか?

他人の年金を減らし、医療費負担を増やして何が楽しいのか解らぬが、国民総出の我慢大会を催し、世代間&階層間のルサンチマンを煽るよりも、互いが幸せを享受できるよう、足りない財源を財政支出で補填してやればよいだけのことだ。

誰の負担にもならず、誰の腹も痛めることのない「円」を創造(印刷)し、社会保障財源に充てればよい。

これだけ人口構成が歪になり、資金運用もままならぬほど低金利な情勢を無視して、昔ながらの世代間共助制度に固執すること自体が間違っている。

勤労世代が高齢世代を支えるやり方はもう持たない。
人口構成の変動は人智を超えた天災のようなものだから、今の勤労世代の責に帰すべき事柄ではなく、通貨発行による財政支出という天祐で以って処理すべきだ。

それでも不満なら、史上空前の収益を上げている大企業向けの法人税率と、高額所得者の所得税率を大幅に引き上げればよかろう。

最後に、中嶋氏の主張のうち②の“国民の経済成長加担論”について、簡単に触れておく。

彼は、国民は何気なく行っている購買行動(レストランでの食事やコンビニでの買い物など)が経済成長につながると訳知り顔で語っているが、正直言って片手落ちの議論だ。

モノやサービスの消費が経済成長の源泉であることに相違ないが、それだけで「成長」できる訳じゃない。
経済成長するためには、モノやサービスの消費額やそれらを源泉とする勤労者の所得が、対前年比で着実に増えることが欠かせない。

家計や企業の購買・生産行動を漠然と放置するだけでは経済成長など望めない。
そうした行動や活動の速度や量を年次で漸増させ続けるには、適切な財政金融政策が不可欠であり、中嶋氏が提案する負担増やコスコカット策なんて、成長のブレーキにしかならない。

彼のような緊縮宿命論者は、経済成長にとって“有害なゴミ”でしかない。
彼もフィナンシャルプランナーを名乗る以上、世の中の仕組みをもう少し勉強すべきだろう。