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うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

寄生虫の捨てゼリフ

『「国境税」導入で米撤退も=「消費者のためにならず」―ユニクロ柳井氏』(時事通信 3/30)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170330-00000009-jij-n_ame
「カジュアル衣料品店ユニクロを運営するファーストリテイリング柳井正会長兼社長は29日、ニューヨーク市内で記者団のインタビューに応じ、トランプ米政権が導入を目指す「国境税」について「米国の消費者のためにならない」と述べ、状況次第では米事業からの撤退もあり得るとの考えを示した。
 貿易赤字の削減を優先課題とするトランプ大統領は輸入課税の強化を唱えているが、輸入品への依存度が高い小売業などを中心に米産業界には反対の声も多い。
 柳井氏は「米国での生産はあり得ない。本当に良い商品を顧客にメリットのあるコストで作れない」と指摘。トランプ氏が自動車メーカーなどに米国での工場建設を要求していることに触れ、「われわれが直接言われたら撤退したい。米国で商売する意味がなくなる」と語った。」

ユニクロの柳井氏がトランプ大統領の国境税構想に盾突いた形だが、トランプ氏への嫌悪感もあってか、ネット上には「アメリカで作ってたら、儲からなくなる」、「増税で値上げしたらファストファッションの意味がなくなる。撤退やむを得ずだ」といった具合に、柳井氏を応援するコメントが溢れている。

安物買いに慣れ切ったデフレ根性丸出しのアホなコメントにはウンザリする。

年金生活者なら消費者としての立場だけを考えればよいかもしれぬが、ユニクロユーザーの大半を占める労働者層から、自分たちの雇用を蔑ろにするかのような腑抜けたコメントが沸き起こるようでは情けない。

今回の柳井発言の裏には、同社の北米市場での不振がある。

昨年8月の同社決算の売上高1兆7800億円のうち、国内事業は8000億円、海外事業は6500億円に及ぶが、海外事業の大半は中国や欧州で稼いでいる。
特に中国や香港、台湾など「グレーターチャイナ」部門の売上が3300億円にもなり、同社も、「グレーターチャイナ、韓国、および東南アジアなどのアジア・オセアニア市場、および欧米市場を中心に海外出店を拡大」する方針であることを決算短信に謳っている。

一方の北米市場はというと、「米国は、下期においてビジネスの改善が見られたものの、店舗の減損損失、除却損・閉店損など一時的な損失を合計で74億円計上した結果、通期の営業損失は前期比で拡大する結果」と赤字状態であることを認めており、来期の見通しも、「米国市場においては、ユニクロのブランド認知度を高めることで、早期に黒字体質に変革していきます」と、北米市場で相当に苦戦を強いられていることが覗える。

今回のニュースは、一見すると、柳井氏が、トランプ大統領相手に格好良く啖呵を切っているように見える、H&MやZARAといったライバルに大きく水を開けられた北米市場での惨敗ぶりを糊塗するための苦し紛れの発言というのが実態だろう。

柳井氏は、同社の売上目標を「2020年に5兆円を目指す」とし大見得を切ったものの、その後トーンダウンし、昨秋には目標を3兆円へ大幅に下方修正したが、この目標すら市場から“過大視”される始末だ。

ユニクロは、一時の高級化路線が消費者から敬遠され、成長に大きなブレーキが掛かり、その後戦略転換を図ったものの、H29/8期売上予想は1兆8500億円と成長力が明らかに低下しており、目標達成に赤ランプが点灯している…というより、大型の企業買収なしの状態での目標達成は100%無理だろう。
(※高級化路線を狙うなら、「UNIQLO」とは別ブランドを立ち上げるべきだったというのが筆者の私見)

一見好調に見えるユニクロの海外事業だが、日本とは気候や体形が異なる東南アジアや中国、欧州でも、国内と同じ商品ラインナップを押し付けている(ex.熱帯の国でライトダウンを販売)との批判もあり、業績伸び悩みの一因かもしれない。

柳井氏は、トランプ大統領の国境税構想に対して、アメリカなんかでモノを作ると製造コストがアップすると文句を垂れている。
しかし、ユニクロ海外事業の主戦場たる中国では、日本製の素材を中国に持ち込み、現地工場で加工して中国内で販売すると、税制の都合上、日本製生地に対する関税が掛かり、日本国内よりも3~5割ほど高くなるそうだ。

3~5割も販価アップせねばならぬほどの関税ならば、アメリカに工場を移す場合のコストアップどころの話ではないと思うが、柳井氏が中国の税制に噛みついたという話など、ついぞ聞いたことがない。

かつて尖閣諸島国有化時に中国で反日運動が勃発した際に、売国企業ぶりを発揮した企業の経営者だけあって、中国には随分と甘い対応を取っている。

柳井氏みたいに、「安値は消費者の利益」という詭弁を盾にする輩は、消費国のマーケットから収益を吸い上げるだけで、雇用や所得を産み出そうという発想がない。

企業家の論理と言ってしまえばそれまでだが、それが国家の論理や国益と対立する場合に、一企業の我儘が黙認されるか否かを決めるのは、国民であり国家である。

雇用も所得ももたらさずに、消費国のインフラや購買力にタダ乗りしていいとこ取りをしようとする企業の生意気な口をどう塞ぐのかは、当該国家の大権に基づき判断すればよい。

アメリカがユニクロを、「我が国の税制に従う気のない企業に商売をする資格なし」と断じて、自国のマーケットから放逐することを期待している。

理論<現実

【読者の皆様へ】
4月1日付で勤務先の人事異動があり、しばらくの間、業務多忙となるため、本稿を以って、毎日の記事更新は一旦終了とさせていただきます。
4月以降は、週1~2本の更新ペースになる予定ですので、予めご了承ください。


『市場に影差す「アベグジット」の難問 』(日経新聞 編集委員 滝田洋一 3/28)
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO14442530U7A320C1000000/?dg=1
「「アベグジット(Abexit)」。内外の市場では「ブレグジットBrexit)」にひっかけ、安倍晋三政権の動揺を懸念した造語が、ささやかれだした。
 欧米の政治が揺れるなか、ひとり安定を誇っていた日本の安倍政権。それなのに、「ブルータスよおまえもか」というのが、日本株に投資してきた外国人投資家の偽らざる本音だろう。
 森友学園問題の拡大につれて安倍政権が、足をすくわれだしているからだ。問題が広がりを見せた3月に入り、外国人投資家による日本株の売越額は第3週末までに1.5兆円近くにのぼった。(中略)
アベノミクスの最大の成果を上げるとすれば、大規模な金融緩和を通じて、円高是正を実現したことだろう。外国勢が日本株に矛先を向けたのも、デフレ不況からの脱却という明確なメッセージを評価したからといえる。(中略)
 仮に安倍首相が退陣を余儀なくされるような事態に陥った場合、日本が再び「1年ずつの首相交代」の時代に舞い戻るのではないか。そんな悪夢が彼らの胸の内にはある。(後略)」

“外国人投資家”という生き物は、まことにくだらぬことを心配するものだ。

日経の記事では、外国人投資家の連中が、森友事件で安倍政権が倒れ、“日本が再び「1年ずつの首相交代」の時代に舞い戻る”事態を懸念していると報じられている。

しかし、記事中に貼り付けられた外国人投資家による日本株投資額のグラフを見ると、既に2015年半ばから外国人投資家はほとんど売越超過となっており、「アベグジット=外国人投資家の日本株売り」という意味ならば、アベグジットとやらは、とうの昔から始まっており、たとえ安倍首相が退陣しても大した影響はあるまい。

そもそも、外国人投資家が日本株を売ろうが買おうが彼らの勝手なのだから、いちいち彼らの顔色を窺う必要などない。
彼らが売る株が値ごろなら、日本人投資家が買い増せばよいだけの話だ。

株の売り買いなんて、所詮は、経済活動をネタにした賭け事でしかないから、その動向に一喜一憂する必要なんて一mmもない。
よって、安倍政権が吹っ飛び、外国人投資家が慌てようが、「株式投資は自己責任が原則ですから…」と冷たくあしらっておけばよい。


さて、日経の記事では、「アベノミクスの最大の成果を上げるとすれば、大規模な金融緩和を通じて、円高是正を実現したことだ」と持ち上げているが、“異次元金融緩和の意図は為替操作策ではない”と、安倍首相がトランプ大統領に見苦しい言い訳をしたばかりだから、勇み足気味の“ぶっちゃけトーク”は、却って安倍ちゃんの迷惑になるのではないか??

安倍政権初期の異次元金融緩和政策は、同時に放った大型の補正予算のおかげで一定の成果を上げ、その残滓が、未だにアベノミクスを実力以上に輝かせていると言っても過言ではない。

異次元金融緩和政策(いわゆる黒田バズーカ)と言えば、金融政策一本足打法固執するリフレ派の連中が、盛んに、「一般物価(マクロの物価)」は金融緩和の量に比例するから、原油価格など「個別価格(ミクロの物価)」の変動は重要ではない、つまり、Aという商品の価格が下がっても、浮いたお金で別のBという商品が買われるから、マクロで見た時の一般物価に変化はないと主張していたのを思い出す。

だが、実際には、個別商品の値下がり分で浮いたお金は別の商品購入には向かわず、退蔵されるだけで、インフレ目標は未達状態が続き、風前の灯火と評してよい。

これだけ不況が続き、人手不足下でも時給が上がらぬようでは、家計や企業が、余剰資金を気前よく他の消費に廻す訳などないことくらい誰にでも解るはずだが、世間知らずのリフレ派には理解できぬらしい。

また、彼らはマンデルフレミング理論を信奉することでも知られているが、マンデルフレミング論から導き出す「財政赤字拡大による実質金利上昇が自国通貨高を招き、輸出減少や輸入増加によりGDP減少に至る」という結論と、上記の一般物価・個別価格論とは、明らかに矛盾があり、整合性が取れていない。

一般物価・個別価格論では、個別価格の変動が一般物価に影響を及ぼさないという「一般物価の中立性」を主張しておきながら、マンデルフレミング論では、為替動向がマクロ経済に与える影響の中立性を無視するのは、明らかに片手落ちの議論だろう。

円高が輸出減退をもたらす傍らで、内需型産業にとっては原料コストの圧縮による付加価値向上というメリットがあるはずだから、それこそ、一般物価・個別価格論に従えば、企業はコストの浮いた分を人件費や投資に廻せる余力が生じ、内需が誘発され、輸出減退分を十二分にカバーできるはずだ。(※生産拠点の海外移転が進み、為替動向の影響も小さくなっている)

なにせ、我が国の経済構造では、GDPに占める純輸出の割合なんて、ほんの数%と、まさに誤差の範囲内でしかないから、円高=経済の足枷という考え方自体が疑わしい。

本来なら為替が円安になろうが、円高になろうが、数多ある国内産業にとって、メリット・デメリットの双方が生じるから、マクロ経済に与える影響は中立に近い。
特に、内需型産業が大半を占める我が国の産業構造にあっては、円安のメリットは、世間で認識されているほど高いものではないというのが筆者の考えだ。

理論や法則の類を勉強するのはよいが、経済論を語るなら、それらが旧式化していないか、現在も実戦力を維持しているのか、常にチェックする必要があるだろう。

政治家がビジョンを語らぬ国に未来なし

『政治家の仕事はみみっちい財布(税金)の話をすること --- 渡瀬 裕哉』(アゴラ 3/26)
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170326-00010002-agora-pol&p=1
「政治家はビジョナリーな空前絶後超絶怒涛の公約を語ることよりも、現実の財布(=税金)の話をすることが本来の仕事であり、税支出の使途の妥当性を問うべきです。彼らは納税者の代表であって妄想を語ることは仕事ではありません。(中略) 筆者は東京都の政治家と都庁の役人に夢を見せてもらう必要はありません(後略)」

このコラムは、東京都議選に際して政治家がどんなレベルの公約を語るべきかについて論じたものだが、主張の幼稚さに頭痛がする。

渡瀬氏は文中で、次のように述べ、民尊官卑・民間主導の自助型社会の尊重を主張する。

❶政治家や官僚に社会のビジョン形成を求めること自体が時代錯誤で、「政治にビジョンの提示を求める」という行為をやめるべき
❷政治家と役人は余計なことをせずに粛々と行革、減税、権限移譲を進めるべき
❸起きながら見る夢とは民間人が努力する中で見るものであり、政治家ができることはそれを邪魔しないこと

現実の政治家選択システムの老朽化故に、政治の世界が「家業化」し、民意を収集できるシステムがまったく機能してないのは否めない事実だ。

しかし、それを理由に"政治家はビジョンを語るべきじゃない"と決めつけるのは、余りにも発想の次元が低過ぎる。

本来、政治家とは民の代表、民意の代弁者であり、彼らにビジョンを語らせずして、いったい誰が語るべきだと言うのか?

政治家や官僚の仕事が、細かい税金の分配でしかないとしたら、余りにも情けないし、そんな単純な作業なら、わざわざ高級官僚に任せずとも、消費者センターのおばちゃんにでもやらせておけばよい。

渡瀬氏の言う「現実の財布(=税金)の話をすること」とは、国民に要らぬ期待を抱かせるような話をするな、つまり、利権を産む余計な財出は許さない、税金の範囲内でできること以外するなという意味である。

行革だの、権限移譲だのと腹の足しにもならぬ妄想を騙って満足できるヒマ人はよいだろう。

しかし、実社会に生きる大半の国民や企業は、渡瀬氏が嫌悪する政治家や官僚の示すビジョンが産み出すビジネスや所得に頼って生活しているのだ。

彼のように青臭いピュアな民間信仰にかぶれた連中は、民主導(=企業主導)の自由放任主義こそ最上のシステムだと信じて疑わない。

だが、法人減税・低金利・労働規制緩和の三点セットの優遇措置を受けた企業が、大恩を忘れて雇用条件を切り下げたり、労働分配率を減らし続けたりして家計から需要力を奪い、社会システムを弱体化させたことを忘れたのか?

民間企業の好き勝手に任せたままやりたい放題にさせていると、社会のセーフティネットは簡単に崩され、民と民とを結ぶ経済的連関もズタズタにされ、国家は間違いなく瓦解する。

政治家や官僚が国家の行く末を示す大きなビジョンを提示する重要性は、高まりこそすれ低くなることはない。

ましてや、出口の見えぬ不況の闇の中を彷徨い続け、国民の絶望感や失望感がピークに達する今のような時代だからこそ、国民の失意に希望の灯火を当て、成長に向かい国民一人ひとりの奮起を促すための巨大なビジョンが絶対に必要だ。

社会や経済を主体的に動かすプレイヤーは、国民や企業という"民間"であるに違いないが、プレイヤーはあくまで執行者であり、企画立案・運営・管理の役目を果たせるスキルまでは持っていない。

戦略家と実戦部隊との役割分担や補完関係と同じ理屈で、各々が弱点を補い合わないと、システム自体が上手く稼働しなくなるものだ。

世の中には、あんな事業をやって欲しい、こっちの事業にも予算を付けて欲しいといった「国民のニーズ」がゴマンと転がっている。

こうしたニーズや要望を掬い上げて、キチンと予算を付け、速やかな解決を図るのが、政治家たる者の最重要任務だが、“民尊官卑”の思想に染まり切った現代では、こうした重要ポイントが欠落し、政治家や官僚自身が自分に課せられた職務の真の目的や意味を忘れてしまっている。

彼のように、「税金の範囲内での分配さえしておればよい」、「国民や住民に要らぬ期待を抱かせるな」というチマチマした発想では、大事は成し得ない。

ましてや、「政治家の仕事=税金のみみっちい話をすること」なんてレベルの低い発想なら、そもそも政治家など要らぬ。

渡瀬氏は、政治家が大きなビジョンを語ることを"妄想"だと揶揄するが、何のビジョンも持たずに民間人主導で社会を回していけるという氏の青臭い発想こそ「独りよがりな妄想」と呼ぶべきだ。

政治家は、チマチマした財布や税金の話をすべきではない。
予算の財源が足りなければ国債発行をして調達すればよいし、それで金利が上がるなら、日銀に引き受けさせればよいだけだ。
管理通貨制度下にある現代では、財源調達の手段なんて幾らでもあるのだから…

政治家に期待される役割は、口うるさい経理係みたいな狭小な発想で「入(歳入)」を語る類のものではない。

もっと大風呂敷を広げて、国民が直面する課題や問題という「出(歳出)」の口実や大義名分を拾い上げる努力こそが求められている。

「出」により課題解決の糸口を見つけられれば、それだけ国民生活の満足度が向上し、さらに、解決の過程で支出されたマネーにより新たな雇用や所得も生まれ、経済的好循環ももたらされるのだ。

「入るを量りて出ずるを為す」式の旧来のやり方では経済は成長しないし、国民所得を増やすこともできない。

「出ずるを図りて入るを為す」。
つまり、商機や所得につながる「出」を創り出す努力をせぬ限り、国民生活の満足度は上がらぬし、閉塞感を打破することもできぬことを、渡瀬氏のような人種は肝に銘ずべきだろう。

「皆が平等に貧しく社会」を招こうとする痴れ者

北海道で、土木職(技術職)の公務員不足が深刻らしい。

大卒採用枠58人に対して応募は71人だけで、採用基準を通過した46人のうち、採用後の辞退者もおり、4年連続の採用枠定員割れ状態が続いているとのこと。

元々、小泉バカ政権による三位一体改革地方交付税が大幅に減らされた影響もあり、北海道建設部の土木職員は、2000年の約1,400人から、2016年には1,000人を切るまで縮小している。

北海道では、昨年夏に観測史上初めて大型台風が3つも直撃し、南富良野町や大樹町ほか道内各地に甚大な被害をもたらしており、ただでさえ復旧作業が立て込み、土木職の採用や養成が急務になっているようだが、上記のとおり人気がないようだ。

北海道建設部では、東北、関東、北陸、関西方面の大学にまで足を運んでPRに努めているようだが、九州と四国を合わせたよりも遥かに広大な北海道内をくまなく転勤せねばならぬという事情が敬遠され、人集めに苦心しているらしい。

筆者が仕事上で付き合いのある公務員(県職員)に聞くところによると、公務員の仕事でストレスの強い業務は、
①地方(痴方)議員の議会質問に対する答弁書作成
②予算獲得のための財務当局との折衝
地方自治体や住民などとの利害調整のための説得作業
の3つだそうだ。

いずれも、世事や世情に疎いくせに、やたらと権限を振りかざしたがる人種相手の業務で、公務員が精神を病むのは、たいがいこの3つに関わるケースが多い。

北海道庁が人集めに苦心している土木職は、これら三重苦から比較的隔絶されており、公務員としての出世の道は行政職より一段低くなるが、ストレスの掛かり具合は行政職よりも遥かに軽微なはずだ。

そうした比較的恵まれた職種であるにもかかわらず、人が集まらないのはどういう訳なのか?

公務員を「上級国民」とか「特権階級」と揶揄する世間知らずなバカも多いが、特権階級の公務員ですら成り手の確保に苦労する現実をまったく解っていない。
この手の頭でっかちなバカは、たまに外の空気を吸って情報をアップデートすべきだろう。

我が国は、世界に先駆けて緊縮財政によるデフレ不況という大病を患っているにも拘らず、さらにグローバル化というデフレ増進剤を飲もうとしている。

長すぎる不況が人心を荒廃させ、大衆は、銀行員や公務員、農協、医者、教師、電力会社、警察等々、次々と嫉妬のターゲットを見つけ、「既得権益者だ」、「高給取りだ」と卑しい嫉妬心をぶつけている。

醜い大衆の中には、公務員の給与水準が高すぎるというデータを探し回り、「日本の公務員給与は中小企業と比べて高すぎる、民間並みに引き下げろ‼」と青筋立てて主張する大バカ者もいるから世も末だ。

他人の給与水準を引き下げようと、必死の形相で資料やデータを掻き集めたがる賎人の根性の汚さには反吐を吐きかけたい思いがする。
貧しい者の所得を増やそうと奔走するのではなく、1千万円にも満たぬ公僕の給与を嫉み、その待遇を切り下げようと血眼になってデータを創作する様は、人品の卑しいデフレ支持者としか言えない。

公務員という職種は、特権階級が牛耳るクローズドなものではなく、その門戸は広く国民に開かれている。
よって、彼らの待遇を羨むのなら、自身が試験に合格する努力をするか、もしくは、公務員の中途採用枠をもっと増やして民間の血が大量に混じりやすくなるよう訴えるべきではないか。

「公務員は国民の税金で飯を食っているくせに、俺たちより給料が高いなんてけしからん」といったレベルの低い与太話は居酒屋談義だけにしておけと言っておく。

貧困問題を解決し低所得者層を救うには、積極的な財政金融政策が不可欠だが、公務員批判にしか興味のない連中は、「大規模な財政政策は政治的に不可能」だなんだと
言い訳ばかりで、「公務員の給与を減らせ」、「高齢者の負担を増やせ」と財政限界論や予算の付け替え論に終始する愚か者ばかりだ。

他人の足を引っ張ろうとする卑賎なクズは、己の嫉妬心を糊塗しようと、格好つけてデータ探しに奔走するが、たとえ公務員を貧しくしても、マクロレベルの消費力が落ちて貧者を極貧者へと貶めるだけに終わる。

本来なら、公務員攻撃に向ける情熱を低所得者層の救済にこそ注ぐべきだが、思慮の浅い賎人に大局観を持てという方が無理なのかもしれない。

結局、賎人たちの主張は「平等に貧しくなろう」という上野千鶴子レベルの妄言と、何ら変わらない。

彼らは成長を諦め、貧者の生活向上をも放棄する単なるナマケモノだ。
自身の怠惰さを指摘されるのを恐れ、それを糊塗するために、手近な公務員に八つ当たりしているだけに過ぎない。

貧しき者たちの生活改善というハードルの高い難事から逃げ、公務員批判という難度の低いバカ騒ぎに興じて自己満足に浸る…

筆者が、公務員給与引下げ論に固執する薄汚い連中を蔑む理由はここにある。

泥臭い期待

『インフレ2%の達成は程遠い ヤマトの値上げが話題のお国柄』(ダイヤモンドオンライン 3/23 加藤 出/東短リサーチ取締役)
http://diamond.jp/articles/-/121807
「宅配便最大手のヤマト運輸が、宅配便の運賃引き上げを検討しているというニュースが大きな話題となっている。1面トップで報じた全国紙もあった。
 しかし、米国人がこの話を聞いたとしたら、「なぜそんな話題が新聞の1面に載るのか」と驚くと思われる。なぜなら、米国では荷物の配送料の値上げは日常茶飯事だからだ。
(中略)
値上げしづらい空気、またはそれを招いている人々の行動規範を「ゼロ・インフレ・ノルム」と呼ぶ。それを打ち壊すまで、日銀は超低金利政策を粘り強く続けようとしている。
 しかし、日本経済は先行き伸びていくという予想(成長期待)が人々の間に存在しなければ、たとえ融資の金利が低かったとしても資金需要は湧いてこない。人口問題を含む構造改革に着手しなければ、日銀が実施している超低金利政策の景気刺激効果は限られてしまう。
 また、最近気になるのは、「人手不足→賃上げ→消費拡大→値上げ」という循環の拡大は緩やかな一方で、人件費の増加をサービス価格に転嫁しないで済むように、営業時間の短縮やIT化推進を含めた工夫によって、価格上昇を抑える動きが各所で広がりつつある点である。
 現在の人手不足は労働年齢人口の減少が主因であり、消費の過熱に起因するものではない。それだけに、「ゼロ・インフレ・ノルム」を克服することは容易ではないといえそうだ。」

黒田日銀総裁の任期はあと一年残っているが、日銀の金融政策があまりにもパッとしないせいか、市場関係者の関心は、黒田バズーカ第●弾から、早くも“ポスト黒田”人事へと移っている。

上記コラム執筆者の加藤氏は、量的緩和政策やインフレターゲット政策に否定的な論者であり、リフレ派から目の敵にされている。
彼は、構造改革や緊縮政策を是とする立場から、過度な金融政策に反対する主張を繰り返してきた人物で、コラム文中の“人口問題を含む構造改革に着手しなければ”云々という表現にも、そうした思想が見え隠れする。

しかし、加藤氏の次の指摘には同意する。
●日本経済は先行き伸びていくという予想(成長期待)が人々の間に存在しなければ、たとえ融資の金利が低かったとしても資金需要は湧いてこない
●「人手不足→賃上げ→消費拡大→値上げ」という循環の拡大は緩やかな一方で、人件費の増加をサービス価格に転嫁しないで済むように、営業時間の短縮やIT化推進を含めた工夫によって、価格上昇を抑える動きが各所で広がりつつある
●現在の人手不足は労働年齢人口の減少が主因であり、消費の過熱に起因するものではない

問題は、こうした課題やボトルネックに対して、どのような処方箋を示すのか、という点にある。

筆者も、巷間囁かれる「人手不足問題」は、単なる人口動態の変化によるもので、景気拡大に起因する前向きなものではないと思っている。


また、求人倍率の高まりが、給与水準改善にストレートには反映されない事態にかなりイライラしている。

売上が増えず、個別商取引の収益も上がらぬビジネス環境では、人件費上昇分のコストを消費者や顧客へ転嫁できず、労働時間圧縮や他の経費縮減で対応せざるを得なくなる。
そして、そうした個別企業の経費圧縮努力が、長期デフレからの脱出に対する高い壁になる。

一企業の経営選択としては致し方ないとしても、全産業でこれをやられた日には、まさに合成の誤謬が発生し、いつまで経っても経済成長などできないし、デフレ脱却も永遠に不可能だ。

企業が直面する課題は、次のようなものだろう。
①売上が伸ばせない(=需要不足)、個別取引でも利益を取れない(=価格競争)
②高齢層の退職時期到来、氷河期世代前後の採用不足、絶対数が少ない新人層の採用難など複合要因による人手不足
③人件費UPに廻せる財源不足(※中小企業のみ)
ただし、③に関して、大企業の経常利益は過去最高水準に達するなど十分に拡大しており、財源不足を言い訳にするのは許されない。

こうした課題のうち、①の実体経済のビジネス環境改善こそが避けて通れぬ最重要課題であり、量的金融緩和政策やインフレターゲット政策を巡る議論でも、ここに焦点を当て突破せぬ限り、解決の糸口を掴むことはできない。

「いかにして2%の物価上昇目標を達成すべきか」、「金融機関の尻を叩いて、マネーストックを増やすにはどうすべきか」という本末転倒かつ枝葉末節な議論に収斂するだけでは、何の進歩もない。

物価上昇目標やマネーストックなんて指標は、経済成長や適切な分配が行われた後に顕在化する多くの数値の一つでしかない。

加藤氏の云う「日本経済は先行き伸びていくという予想(成長期待)」とは、商機と所得の拡大という“泥臭い”期待のことに他ならない。

この泥臭い期待を確信に近づける経済政策無くして諸問題の解決は不可能であることを自覚せぬと、いつまで経っても「金融政策一本足打法の継続か、緊縮・構造改革路線への転換か」という妄想と空想との禅問答を繰り返すことになる。

海外依存リスク

穀物や食肉などの基幹食糧の海外依存度を高めすぎるのは、やはりリスクが大きい。

日本では、年間約220万tの鶏肉が消費され、うち3割ほどを輸入に頼り、輸入国別ではブラジルが7~8割を占めるらしい。
実際に筆者も、スーパーの店頭でブラジル産鶏肉が安売りされているのをよく目にする。

ブラジルは2014年の鶏肉輸出量が356万tにも及ぶ世界最大の鶏肉輸出国なのだが、既に報じられているとおり、とんでもない食肉不正事件が発覚した。

『ブラジルで食肉不正問題、緊急閣議招集へ』(AFP 3/19)
http://www.afpbb.com/articles/-/3121962
「ブラジルのミシェル・テメル大統領は19日、世界有数の食肉生産国で国内外に広く鶏肉などを販売している同国において、食肉の安全性をめぐり不正問題が発覚したことを受け、緊急閣議を開くと発表した。
 2年間にわたる警察の捜査によって17日、公衆衛生検査官数十人が賄賂を受け取り、衛生基準を満たさない食品を消費に適しているとして承認していたとの不正が明らかになった。
 不正に関わったとされる多数のブラジル企業は18日、自社製品は安全だと主張したが、国民の不安は高まるばかりだ。(中略)
当局は、衛生基準を満たさない食品が見つかった場所について言及していないが、南部クリチバでの記者会見で、腐った肉の悪臭を隠すために「発がん性物質」が使われていた事例もあったと述べた。(中略)
 リオデジャネイロのスーパーマーケットでよく買い物するというシルビア・ファリアス教授は、鶏肉製品の一部には段ボールが混入しているとの報告もあり、懸念していると述べた。
 ブラジルは少なくとも世界150か国に鶏肉などの食肉を販売しており、この不正問題は同国にとって深刻な懸念事項となっている。」

今回のニュースには、「賄賂」、「衛生基準未達」、「発がん性物質」、「段ボール混入」という悪臭の強いワードが目立ち、事の重大さと深刻さを浮き彫りにしている。

衛生基準未達は健康被害に直結するリスクが高まり、それを糊塗するのに賄賂や発がん性物質を使う、あるいは、段ボールまで混入するに至っては、悪質性が極めて高く、昨年、我が国でも大騒ぎした鳥インフルエンザどころの話ではない。

鳥インフルエンザの場合は、ウイルス感染した鶏肉を食べても人への感染が起こったという事例は世界的に報告されておらず、単なる過剰反応(※鳥インフルは大袈裟に騒ぎ過ぎというのが筆者の私見)の域を出ないが、ブラジルの不正問題は、中国で起こったマックチキンの消費期限切れ&薬漬け(疑惑)問題以上に悪質だ。

しかも、ブラジル国内で少なくとも21カ所もの施設が不正に手を染めていた事実は、同国の食肉処理施設の衛生管理システムが、相当いい加減なレベルにあることが判る。

同国のテメル大統領は、国内4,800以上の加工施設のうち、不正が発覚したのは21カ所に過ぎないと火消しに躍起だが、21カ所という数字は尋常な数ではないし、何より食肉加工最大手のJBS、BRFのほか中小合わせて数十社に衛生管理基準違反の嫌疑が掛けられているそうだから、法令違反の加工施設の数の実態はこの数倍に膨らむだろう。

世の中には、「食料なんて、海外から安く買えばいいじゃん」、「日本の農家は怠け者。あんな奴らを甘やかす必要はない」、「食べ物が安くなるのは消費者の利益」云々と腑抜けたことをぬかすバカ者が多い。

今回は、たまたま、国内の自給率が比較的高い鶏肉だったからよいが、基幹食糧で輸入依存度が高い原料であれば、小売店や食品加工業者、飲食店、観光業者などを中心に、かなり大きな打撃を受けることになる。

鶏肉の年間消費量は一人当たり12kgと、豚肉と同じくらい日本人の食卓を支える大事な存在であり、こうした基幹食糧は、できるだけ内製化に努める必要がある。

食糧安全保障という観点は無論のこと、飼育から出荷に至るまで、国内の関連産業に与える経済的波及効果が大きいのと、飼育・給餌・温度管理・採卵・包装・物流等々、その過程ごとに行われる技術開発や省力化・高付加価値化技術など有形無形の産業財が培われるからだ。

トリュフやキャビアのように、消費量が少なく日本が産地として不適なものとは違い、鶏肉や豚肉、牛肉など、十分に国内での生産・出荷が可能な畜産物は、できるだけ内製化を促進して、日本というマーケット内での域内循環を進めるべきだ。

日銀は国債買入の意義を勉強しろ

『日銀保有国債、年内にも500兆円超えか 買い増し続く』(朝日新聞デジタル 3/17)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170317-00000090-asahi-bus_all
日本銀行が17日発表した資金循環統計によると、日銀の保有国債は昨年末時点で前年比27・0%増の421兆円(時価ベース)で、発行残高全体の39・1%を占めた。大規模緩和前の2012年末と比べると、日銀の保有額は3・6倍で、今年中に500兆円を超す可能性がある。
 日銀は現在の緩和策で、年80兆円をめどに国債を買い増している。財務省は年約40兆円の国債を新たに発行しており、日銀はそれ以上の量を、民間銀行などから買っている。民間銀行が保有する国債の残高は、昨年末時点で209兆円で、4年前の360兆円から4割以上減った。保有割合は19・4%で、初めて2割を割り込んだ。」

日銀の国債保有額が年内に500兆円超えする見込みとなり、まことに結構なことだ。

莫大な額の国債を抱える日銀の財務や金融政策の出口戦略を懸念する幼稚な意見もあるが、そんなものは無視すればよい。

「通貨=円」と同義の存在である日銀の財務を気にすること自体が珍妙かつ無意味であり、日銀保有額の多さを心配するよりも、民間金融機関の保有額の少なさ=新発債の発行量不足の方を気にすべきだろう。

また、量的金融緩和政策は、数値目標に一度たりとも達しておらず、いわば、道半ばの行程にあるのだから、出口戦略云々を語るべき段階ではない。
今後実施するべき大規模な財政政策のサポート役として、出口どころか、入口の先導を仰せつかるくらいの覚悟が要る。

そもそも、日銀が保有する国債を、民間機関の保有と同列に論じることがおかしい。
日銀保有国債は、形式上は満期保有、もしくは、金利・物価調整用の売りオペ要員と位置付けられているが、バカげた財政破綻論を滅菌するための償却用途だと考えるべきだ。

日銀の懐に収まった国債の「出口」は、債券市場ではなく、永久債への借り換えによる金庫行きか、政府との相殺勘定による焼却炉行きの何れかである。

日銀首脳部の連中は、「自行の国債保有=政府債務の実質的消滅」であるという事実を、もっと積極的にアピールすべきだ。
日銀の金庫に眠る400~500兆円もの国債分だけ“国の借金(嘘)”とやらが蒸発することが判れば、不況を誘発してきた財政危機論は霧散し、実績ゼロの量的金融緩和政策よりも数倍マシな成長期待が醸成されるだろう。

そのうえで、国債が日銀に吹き溜まるのが不満なら、もっと気前良く財政支出して、新発債をどんどん市場に投じればよい。

財出は民間企業の開発意欲や設備・人材投資意欲をダイレクトに刺激し喚起させるから、日銀がチマチマ国債を買い入れする必要もなくなる。

日銀は、先日15-16日の金融政策決定会合後の公式会見で、「わが国の景気は、緩やかな回復基調を続けている」、「先行きのわが国経済は、緩やかな拡大に転じていく」と、相変わらず薄呆けた寝言を吐いていたが、個人消費支出は長期縮減、春闘のベア交渉も前年割れと惨憺たるありさまで、“緩やかに拡大している”のは黒田総裁と岩田副総裁の妄想だけではないか?

これまでのように、日銀が国債を溜め込むだけの手法では、国民から、政府債務の付け回しだと受け取られ、量的金融緩和政策の効果が疑われ、在り方自体が否定されてしまう。(既に、十分疑われているけど…)

既発債の買入という地味なやり方を続けても、この先、インフレ期待の醸成につながる可能性はまったくない。
それどころか、政府と日銀が結託して借金帳消しに動いているなどと、財政破綻ゴロの連中に引っ掻き回される口実を与えてしまう。

金融政策の出番を作るためには、先ず、強力な財政出動による実体経済への地均しが必要であり、日銀から政府サイドに対して、財出を促すよう積極的なアプローチがあって然るべきだ。

このままでは、家計や企業は、いくら金利を下げても反応しないし、実質金利とやらの低下を見込んで投資や消費を増やすこともない。

家計や企業が金利に反応を示す前提条件として、雇用・所得・売上・収益など、自身や自社の利益に直結する指標が十分に高く、今後も逓増し続ける、という確信に近い将来予想が必要になる。

日銀をはじめ金融政策を信奉するバカな連中は、4年近くも失敗し続けたのに、こんな簡単なことも解らぬのか?