うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

ダウンサイジングが選挙の争点化する不幸

衆院選で首相、消費増税の使途変更問う 教育無償化に~財政健全化遠のく』
(9/19日本経済新聞電子版)
https://www.nikkei.com/article/DGXLASFS18H2A_Y7A910C1MM8000/?dg=1

安倍晋三首相は18日、2019年10月の10%への消費増税を予定通り実施し、増税分の使い道に子育て支援や教育無償化の財源を加える検討に入った。8%から10%への増税分の約8割を財政健全化に回すとした使途割合も見直す。憲法改正とともに10月22日投開票の衆院選で訴える。ただ20年度にプライマリーバランス基礎的財政収支、PB)を黒字化するとの目標は先送りが不可避だ。(略)」

報道のとおり、安倍首相は9月28日召集の臨時国会の冒頭で衆議院解散を宣言し、10月10日公示~22日投開票の日程で衆院選を行うとのこと。

今回の解散報道を巡り、野党から、「森友・加計問題隠しだ」、「北朝鮮のミサイル問題を放り出すのか」と強い批判が浴びせられ、一方、与党支持者からは、「そもそも、解散を迫っていたのは野党側ではないか」とカウンターパンチが飛び交い、公示前からかなりヒートアップしている。

だが、筆者は、この「山尾不倫解散」の行方に大した興味を持てずにいる。

衆参を問わず、主な現職議員たちの思想や発言を見渡す限り、彼らの国家観や社会観、経済観は、何れも経世済民を目指すレベルに達しておらず、それどころか、「緊縮・構造改悪・規制緩和」の三本の毒矢で日本社会を破壊しようとする連中ばかりで、現段階で選挙をしても、幾人かの糞蠅が消えて新たなウジが湧く、あるいは、汚い泥水を掻き混ぜる程度の結果にしかならぬだろう。

日経記事のとおり、与党側は緒戦から、「消費税率10%への引上げ」を土台とした予算配分論を選挙の争点化するという大きなミスを犯した。

なにせ、9月に時事通信社が行った世論調査では、再来年10月に予定される消費税率10%への引上げについて、「見送るべきだ」が58.1%と、「予定通り引上げるべきだ」の34.3%を大きく上回るほど増税に対する国民の抵抗感は根強いものがある。

所得が増えぬ状況下で、食料品やガソリンなど生活物資の高止まりや値上がりに耐え忍ぶ国民としては、消費税率UPに対する忌避感が強くなるのは当然だろう。

ここで消費税率引上げを争点化する与党サイドの戦略の拙さに唖然とさせられるが、これを猛攻撃すべき野党やマスコミサイドは、与党の拙攻に対して、国民の生活困窮や経済成長の足枷という観点ではなく、何を血迷ったのか、増税分の使途変更が財政再建の遅れ招くというまったく的外れな批判を浴びせるありさまで、敵のミスを突くどころか、アシストするつもりにしか見えない。

まぁ、与野党を問わず現職議員連中の大半は、経済の意味や意義、社会機構における役割をまったく理解していないから、選挙の争点がトンチンカンな方向に逸れてしまうのも仕方ない。

今回の解散に関して、日本維新の会のアホ代表(松井一郎)は、「選挙は戦いだから、有利な時期に解散をするというのは、だからこそ総理に解散権がある。いつも衆院議員は常在戦場って言っている。批判してもしょうがない。それ批判するのは、負け犬の遠ぼえだ。」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170918-00000053-asahi-pol
と偉そうに語っているが、彼らがいつも口にする「常在戦場」との格好良いセリフとは裏腹に、戦場にいるはずの議員諸侯には“戦局”がまったく読めていない

いかがわしい維新の会だけではなく、主要政党代表の発言を聞いていると、消費税率引上げの可否について多少の意見の違いはあるが、各党とも、「身を切る改革」や「財政再建(=聖域なき歳出カット)」を主軸とする『緊縮政策』の断行という方向性で見事に一致している。

そもそも、このタイミングで増税肯定論と財政再建肯定論が争点化されてしまう背景には、現況を「景気回復期」や「経済成長期」と見做す政治家たちの認識ミスがある。

昨今、政府やマスコミからGDPの大幅な成長や個人消費の堅調さが報じられているが、虚構の大本営発表は、国民個々人の生活実態とは大きくかけ離れている。

総務省が公表する「家計調査」によると、今年6月の消費支出(二人以上の世帯)は、1世帯当たり268,802円と、16カ月ぶりに前年同月比で実質2.3%増加し、4-6月期のGDP成長を裏付けるかと思われたが、翌7月の数値は、実収入が対前年同月比で実質3.5%も増えたにもかかわらず、消費支出は実質▲0.2%と再び下降局面に入ってしまった。

今年6月の消費支出は、昨年比で増えたとはいえ、3年前(H26)との比較では▲1.5%、5年前比(H24)で▲0.4%、10年前比(H19)で▲4.2%と、絶対値としてはあきらかに低水準でしかない。

家計の支出額が、いまだに10年前よりも少額でしかないのに、さも、景気が完全に回復したかのように浮かれるのは拙速に過ぎる。

多くの国民は、あまりにも長過ぎた不況への警戒心を解こうとはせず、少々収入が増えても、支出を抑えたがっており、この局面で消費税の廃止や減税ならともかく、増税を議論するなんて、戦局がまったく読めない連中のシロウトぶりには呆れ果てるばかりだ。

景気回復説を唱える連中の眼は、いったい何処を向いているのか?

程度の低い議員諸侯は、社会機構の破壊を「改革」と信じ込み、実体経済の縮小を「財政再建」だと勘違いしたままで、創造や成長の重要性をまったく知らぬから、国民に危機感を煽り、大きな船から小さな船に乗り換えさせたがる。

彼らには、実体経済をマクロ的に捉え理解する視野と、富国・済民の意志が致命的に欠けており、日本の国力や経済力、国民の生活水準を“ダウンサイジング”することにしか興味がない。

だが、こんな縮小均衡策を繰り返していけば、遠からず我が国は、東アジアの惨めな後進国の地位に甘んじることになるだろう。

今回の解散について、解散大儀云々といった高尚な話はもう要らぬ。
現職の衆議院議員のうち、「経世済民の理を知らぬバカは、誰一人立候補するな」とだけ言っておく。

国際競争を勝ち抜くためには

北朝鮮、「核兵器で日本を海へ沈め国連を廃墟に」と威嚇』(9/14 ロイター)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170914-00000057-reut-kr

北朝鮮の対外関係やプロパガンダを担当する同委員会は、国連安全保障理事会の解散を要求し、安保理を「賄賂を受けた国々」から成る「悪魔の手段」と批判。日本については「4つの列島でできた国は、主体(チュチェ)思想の核爆弾で海に沈めるべきだ。日本はもはや、わが国の近くに存在する必要がない」とした。(略)」

先週採択された北朝鮮に対する国連の追加経済制裁の内容は、石油の禁輸措置や金委員長の個人資産凍結が見送られるなど、ユルユルの骨抜き&肉抜きパフォーマンスに過ぎなかったが、北鮮の豚どもは、日米に対して血気盛んに“無慈悲な口撃”を仕掛けている。

上記ニュースのコメント欄にも、「これは、もはや宣戦布告だ」と呆れ気味のコメントがあったが、さすがに、ここまで度を越した表現をされると、いかなパフォーマンス芸人相手とはいえ、その不躾な非礼をきちんと糺しておくべきだろう。

しかも、翌日15日早朝には、再び北朝鮮は北海道上空を通過するミサイルを発射するという軍事的挑発を行ったにもかかわらず、我が国の政府は、相変わらず「情報の収集分析と厳重なる抗議」を繰り返すだけだ。

北朝鮮側の軍事的行為と明らかな宣戦布告は、すでにレッドラインを大きく踏み越えているが、世間には、北朝鮮の軍事力を過大評価し、かの国との戦時勃発を恐れるあまり、なぜか、汚い唾を吐き掛けられたこちら側に対して自制を求める“痴れ者”もいる。


金正恩氏の「海外資産」にだけは触れてはいけない』(9/14 現代ビジネス 加谷珪一)
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170914-00052887-gendaibiz-int&p

この記事を書いた加谷氏は、「北朝鮮は決して錯乱した状態でミサイルを撃っているわけではないと筆者は考えている。北朝鮮がミサイルを何度も発射するのは、米国を交渉の場に引きずり出すことが目的(だ)」と訳知り顔で解説し、日米が北朝鮮に軍事的刺激を加えることを諫めようとする。

だが、このレベルの陳腐な解説は、もう聞き飽きた、というのが正直な感想で、「アメリカ側は北朝鮮の核保有やミサイル開発を絶対に認めない」、「北朝鮮側は核保有国たる地位を保持せぬ交渉など意味がない」と、両者が絶対に譲れぬ領域で角を突き合わせている以上、北朝鮮側はミサイル無駄撃ちごっこを永遠に続けるほかなく、我々も、加谷氏の幼稚な解説を何度も聞かされる羽目になる。

また、加谷氏は、
「独裁者の場合、資産を保全するため独裁体制の維持が必須であることに加え、万が一の場合には海外への資産隠匿手段を確保しておく必要がある。
 したがって外国との交渉は、独裁体制と資産保全手段に関することが主題となる。極論すると、国家の名誉などはどうでもよいし、資産を喪失する恐れがあるので実は外国との戦争についても消極的だ。
独裁者の資産保全や体制維持が不完全になった時、こうした国家は暴発する危険性が一気に高まることになる。つまり、海外資産の凍結が、本当のレッドラインなのではないだろうか。」
とも述べており、金一族の海外資産凍結措置は北朝鮮の軍事行動を誘発しかねず、絶対に避けるべきだと力説する。

そして、
「独裁者に特有の行動パターンを基本に据えれば、最悪の事態を避け、北朝鮮と対峙するにはどうすればよいのか、また彼らの最大の弱点はどこなのか、ある程度の見通しを付けることができるはずだ。」
と非常に曖昧な表現で、北朝鮮との対話を勧めようとする。

彼のように、何の役にも立たない「情勢分析・国際間の連携・対話」しか言えぬ輩は多いが、その本音を明け透けに表現すると、「下手に動いて怪我する前に、ポンコツ武器を振り回す殺人犯や強盗に命乞いをしろ」ということだろう。

こちらが北朝鮮側の口撃の意図を深読みし忖度する必要なんてまったくない。
とうの昔に宣戦布告レベルにまで暴走した彼らの暴言の揚げ足を取り、こちらの都合よく解釈して、迅速かつ大規模な軍事攻撃を仕掛けて機先を制すべきだ。

恐らく現段階では、北朝鮮側も軍事的攻撃態勢や補給体制がほとんど整ってはおらず、散発的な反撃はあれども、ソウルが火の海になったり、日本海を核ミサイルが飛び交ったりするような大規模攻撃には至らないだろう。
(※個人的には、ソウルが多少破壊されても別に構わないけど…)

北朝鮮国内の映像や様々な情報を聞く限りでは、核実験やミサイル発射にばかり目を奪われがちだが、本格的な戦闘に備えた軍備や物資の準備や配置に着手しているようには到底見えない。
筆者も軍事方面はトンと疎いが、素人目にも、北朝鮮国内には軍事行動に伴う緊張感などまったく感じられない。

加谷氏をはじめ日本のマスコミや識者たちは、軍事的衝突を恐れるあまり、北朝鮮との対話と銘打った“惨めな命乞い”すら辞さぬ情けない態度を露呈しているが、北朝鮮マターで事態が進展し、暴虐国家の恫喝行為が正当化されることによる我が国の外交的損失をまったく理解できていない。

彼らは冷静な常識人を気取り、北朝鮮将軍様の狂人ぶりを呆れ顔で冷笑するものの、いざ相手が実力行使に出ると、何の対抗手段も持てぬまま、いいように殴られ続けるしかない木偶の棒に過ぎない。

生き馬の目を抜く国際競争を勝ち抜き、国民経済や国民生活の安寧を図るためには、経済的あるいは軍事的に脅威やライバルに成り得る隣国を、いかなる手段を弄しても蹴落とし、常に絶対的優位性を維持し続けるという覚悟を持ち、それを実践することが重要だ。

北朝鮮の勇ましい口撃が単なるパフォーマンスに過ぎないことくらい皆解っている。
肝心なのは、いい気になってマイクを握り続ける狂豚の恫喝ごっこを逆手に取り、彼らの失言や暴言にいちいち難癖をつけて、こちらの正当性をアピールしながら、これまで我が国が甘い蜜を与え続けてきたアメリカを利用して、かの国が二度と立ち直れないくらいの強力な軍事的制裁を加えるくらいの狡猾さと図々しさを発揮することだ。

国際競争を制するのは「主体性」を持てる国民だけなのだから。

デフレの怖さを知らぬバカ

人間の心はまことに不思議なもので、20年以上もデフレ不況が続くと、『不況』という好ましからぬ環境に不満を抱くどころか、それを積極的に受け容れようとする者が現れる。

今回ご紹介する記事にも、そんな“不況容認論や成長否定論”が溢れ返っており、こんな暴論が易々と受け容れられるようなら、我が国の経済成長や国民所得の増進は、まさに“いばらの道”であろう。


『インフレは歴史的に革命や暴動を招いてきた~井沢元彦と予測する「日本の未来」<後編>』
(9/11 東洋経済オンライン 中原圭介/経営コンサルタント,経済アナリスト)
http://toyokeizai.net/articles/-/187239

以下、井沢氏と中原氏の対談内容を一部抜粋してみる。
【中原】
歴史的に見ると、革命や動乱というのは、デフレのときにはまったく起きていません。すべてインフレのときに起こっているんです。18世紀のフランス革命もそう、20世紀の天安門事件もそう、21世紀の「アラブの春」もそうです。

【井沢】
庶民というのは、基本的に相当イヤなことがあっても、たいてい我慢します。下手に政府に逆らったら、殺されるかもしれないから。その人たちが最後の最後で立ち上がるのは、やっぱり飢えなんです。 (略)

【中原】
逆に、デフレが経済に悪いとは一概には言えません。たとえば2015年のイギリスは、ポンド高や原油安によってデフレが進行しましたが、GDP成長率は実質で2.2%でした。(略)つまりポンド高や原油安によって国民の実質的な所得が上がり、消費が増えたことを表しているんです。
あくまでインフレやデフレは好況や不況という経済現象の結果であって、好況や不況の原因にはならないんです。経済学の世界では、原因と結果の転倒した見方をそろそろ改めるべきではないでしょうか。(略)
これまでデフレが続いてきた日本は、ほかの先進国と比べて圧倒的にモノが安いんです。アメリカだけではありません。たとえば今、フランスで軽い朝食を食べたとしても、場所にもよりますが日本円で1500~2000円は取られてしまいますよ。(略)
そういった視点をまったく考慮せずに、経済学者も日本政府も欧米の価値基準にならって「デフレは悪だ」と決め付けてきたわけです。(略)「インフレ=善」とはとても言えませんね。だから私は、国民生活がよい方向にいくのであれば、インフレでもデフレでもどっちでもいいんです。(略)


先ず、指摘しておくべきは、中原氏の「歴史的に見ると、革命や動乱というのは、デフレのときにはまったく起きていません。すべてインフレのときに起こっている」という大嘘だ。

中原氏は、ロシア革命は1900~03年の恐慌が発端と言われ、世界大恐慌ナチスの台頭を許し、後の第二次世界大戦を惹き起こす引金となった史実を知らぬらしい。

我が国でも、江戸時代の無謀な緊縮政策下でデフレに見舞われた享保や天保期に大規模な打ちこわしが起きているし、有名な大塩平八郎の乱が起きたのも、庶民に質素倹約を強いた水野忠邦による天保の改革の施政下であった。

因みに、江戸時代にはインフレ期やデフレ期の区別なく、武士やキリシタンの反乱、農民の一揆や打ちこわしが万遍なく発生しており、その原因をインフレだけに求めるのは認識違いも甚だしいと言わざるを得ない。

特に大規模なのが、江戸三大飢饉と言われる天明・享保・天保の飢饉に伴い起きた打ちこわしや騒乱だが、これらはいずれも異常気象や天災に端を発する飢饉が原因だ。

とは言え、中原氏のようなインフレ敵視論者から、「飢饉=食糧不足=インフレ」じゃないか、との反論があるかもしれない。
だが、この手の幼稚な反論は、物事の表層だけを切り取った中途半端な理解によって起きるものだ。

天災や飢饉のような外的要因が全国的な供給不足を惹き起こし、極度のインフレにまで直結してしまうのは、ひとえに、生産や流通という供給網がズタズタに寸断されてしまうからだ。
そして、供給網を機能不全に陥れる癌細胞は、たいがい、デフレに端を発する長期的不況により生成される。

需要不足と供給過剰によるデフレ不況は、資本家や企業から投資意欲を、政府や国民から消費意欲を失わせ、高度化の意義を失くした生産力や流通網は陳腐化するしかない。
逆に、需要主導型の好景気下なら、多少のインフレは、生産効率アップ(=生産・保管・流通コストダウン)のための投資意欲を刺激し、結果として供給能力を飛躍的に引き上げることにつながる。

突然の大飢饉に見舞われてコメの生産が大打撃を受けたとしても、経済成長下のインフレを経て強固に発達した供給網を有していれば、他の代替食糧で凌ぐこともできるし、飢饉の被災地に他の地方から必要な食糧を送ることも容易だ。

米がダメなら麦や根菜、肉や魚という代替食糧を確保するためにも、国家全体の供給力を常に向上させ、幾重にもわたるセーフティネットを張り巡らしておく必要がある。

しかし、デフレ不況下で供給力が脆弱化してしまえば、国全体の供給機能が低下し、飢饉に困窮する国民を救いたくともその手立てすらなくなる。


また、対談の中で中原氏は、
●デフレが経済に悪いとは一概には言えない。
●インフレやデフレは、好況や不況という経済現象の結果であって、その原因ではない。
とも発言している。

しかし、こうした意見は、「安いモノやサービスこそ消費者の利益」という安っぽい妄想に捉われた不況容認論者の詭弁でしかない。

“インフレやデフレは好況や不況という経済現象の結果”という彼の言葉を借りると、デフレは間違いなく「不況の結果」であり、“デフレが経済に悪いとは一概には言えない”どころか、「経済不況の落とし子たるデフレは、国民経済にとって間違いなく害悪」である。

デフレの何が最悪かと言うと、人々から「成長や幸福への期待や渇望を奪い去る」ことだ。

巷には、“格安SIMスマホができ、買い物は百均で済ませ、牛丼屋で飯が食えれば満足”、“叶うはずがない経済成長の夢を追うよりも、このまままったりと暮らせれば十分だ”という者も多いだろう。
だが、気軽に安物買いできる生活が永遠に続くと思うのは、ほんのひと時の甘い幻想に過ぎない。

たしかに、今は百均であらゆるモノが買え、300円くらいでランチを済ますことも可能だが、この先も未来永劫、同じようなサービスが続くと思っているなら大間違いだ。

昨今、日本近海で獲れる漁獲量が減り、サンマやサケ、イカといった魚種の価格が高騰しており、100円寿司が食べられなくなる日も迫っている。

成長から取り残された我が国と成長を続ける海外諸国との経済格差は広がる一方で、経済力に劣る我が国の買い負けが目立っており、今後も魚の輸入価格高騰について行けず、スシローやくら寿司の100円皿が150円や200円に値上げされる日も近い。

不況容認論者やデフレ賛成派の連中は呑気に構えているが、世界中で起きている経済競争に勝てぬ限り、目の前にある安価なモノやサービスなんて瞬く間に遠い過去になってしまうことを忘れてはならない。

デフレという甘い夢に安住できる期間は、ほんの一瞬に過ぎず、その後には、経済力や供給力の劣化がもたらすコストプッシュインフレに苦しむことになる。

中原氏や井沢氏は、デフレ不況こそが経済力や供給力を棄損させ、受け容れ難いインフレを招来し、国体を揺るがす暴動や革命といった重大なリスクにつながることを肝に銘ずるべきだ。

一方通行のおもてなし

『日本人の「外国人観光客への偏見」が酷すぎる~「お・も・て・な・し」は五輪の年だけなのか』(8/22 東洋経済online執筆者:ミセス・パンプキン)
http://toyokeizai.net/articles/-/185483

「まもなく秋の観光シーズンがやってきます。多くの訪日外国人(インバウンド観光客)で、観光地はどこも混雑することでしょう。ところで私の狭い生活範囲でも、海外からの観光客に対する失礼な言動を目にすることが多く、心が痛みます。
特にアジア系の観光客に対して私たちはもっと、「おもてなしの心」で接するべきだと提案したいと思います。(略)
同時に一部の日本人にみられる、海外からの観光客は迷惑な人たちという偏見を払拭する努力も、今一度必要ではないかと感じます。(略)
私はこれは、ステレオタイプ化した外国人観光客に関する報道の仕方にも責任があると思います。民泊を利用するインバウンドに関する記事には、「ゴミの分別ルールを守らない」「周囲の迷惑構わず騒ぐ」と付記されることが多く、直接インバウンド観光客と接したことのない人にまで、まるで彼らが、日本にとってお荷物でしかないような、結果的に印象操作になっているのを感じます。(略)
私が目撃したインバウンド観光客に対する心無い人たちは極少数だということになりますが、数が問題ではないはずです。実際、観光客側にマナー違反をする人はいますが、それはどこの国にもいることですし、文化の違いも考慮する必要があります。十把ひとからげに偏見を持つのは問題です。(略)」

上記コラムは、アジア系や中国人観光客に対して日本人が失礼な態度を取った事例をいくつか挙げて、観光大国を目指す日本として大いに反省すべきと主張している。

今年の訪日外国人数は2600万人以上と過去最高を見込まれており、当然、あちこちで小さなトラブルが起きていることは想像に難くない。

だが、筆者は出張で何度も北海道を訪れ、道内有数の観光地である札幌や旭川、函館にも足を運んでいるが、観光スポットで外国人観光客がトラブルを起こした現場に遭遇したことはないし、現地の方からトラブルめいた話を聞いたこともない。

インバウンドの中でも中国人や台湾人は、とりわけ声が大きく、移動中の列車の中でガヤガヤ騒ぎ、狭い車内に大きなトランクを持ち込んで通行の妨げになっているのをよく見かけるが、幸いにもコラムで紹介されたようなトラブルに発展した例を眼にしたことはなく、日本人のインバウンドに対する偏見云々というパンプキン氏の指摘はやや大袈裟に思える。

確かに、早朝から路上に広がり大声出して歩きまわったり、京都や奈良辺りの古刹名刹で撮影禁止区域にズカズカ入り込んだりするアジア系観光客が目立つのは事実で、そうしたマナー違反者を苦々しく思う日本人も多いだろう。

だが、マナー違反者や我が国のルールを無視する不届き者に厳しい対応をするのは当然のことで、パンプキン氏のように、そこで生じた僅かな行き違いを針小棒大に採り上げ、アジア系差別や中国人差別の問題に結びつけたがるのは、明らかに行き過ぎだ。

事実、当該コラムに付いたコメントにも、
「ミセスパンプキンの日本人への偏見が酷すぎるという件」、
「客であろうがマナーのなってない人間に怒るのは当然。日本人だってつい20年前まではひどいマナーだと海外から怒られていたではないか。」、
「こういう記事を書いてる人が偏見に満ちてるのではないかと思います。皇居でマナーが悪いと日本人でも怒られますよ。「外国人だからマナーが悪くても許される」と思う方がおかしい。」
といった反論が溢れている。

執筆者の主張が、アジア系観光客への配慮不足への指摘を装いつつ、その真意が日本人を卑下しようとする偏見でしかないことを見事に見破られている。

先日出張で訪れた函館の商工団体で話を聞いたところ、インバウンド需要による観光業界の活況によりホテルの稼働率は上がり、人手不足も発生しているが、地域経済や地場産業への波及効果は思ったほど拡がりを見せてはおらず、ホテル業界の雇用条件が急速に改善しているわけでもないとのこと。

インバウンドが足を運ぶのは、一部の観光施設やホテル近辺の飲食店に限られ、そこから先まで波及せず、インバウンド景気の受け止め方には、地域内でもかなり濃淡がある。
筆者も、函館市内のホテル業界の求人をチェックしてみたが、フロントスタッフ正社員の月収は20万円前後、バイト時給は800~900円程度に過ぎず、北海道の観光地を代表する函館でも、いまだにこんなレベルなのかとがっくりした。

因みに、函館市の人口は今年時点で前年比3159人減の26万4592人と、減少数は北海道内自治体で最大、全国の市でも4番目の減少幅で、観光業界の活況が経済効果や人口維持にあまり役立っていないようだ。

こんな中、地元の方々は、急激に増えたインバウンド対応で日夜忙しく立ち働いても雇用条件が急速に改善される訳じゃなく、インバウンド向けの様々な投資負担を強いられるだけの厳しい現況に、かなりイラついていることは想像に難くない。

光明の見えない自分の生活とは裏腹に、優雅に旅行を楽しむインバウンドの呑気な顔を見せつけられ、観光地の国民や住民が不満を募らせるのは日本ばかりではない。

最近、ヨーロッパでも“観光客嫌悪症”なる動きが拡がっているようで、『広がる観光客嫌悪症(tourismphobia)』というブログ記事でも、そうした動きが紹介されている。
【参照先】http://kawano-europe-essay.hatenablog.com/entry/eco-3

件の記事では、観光客嫌悪症の原因を次のように要領よくまとめている。
「観光客嫌悪症のニュースを見ていると,反観光の動機は2種類あるように思えます.
第1は,観光客の数や振る舞いに関するものです.ベネツィアバルセロナなどで見られます.観光客が多く訪れることで地域住民の生活が破壊されるという意見です.観光客が夜遅くまで騒ぐ,ごみをまき散らすなどの行為は確かに見られます.(略)
第2は,経済に与える影響です.これには民泊も関係しています.観光客が押し寄せることで,観光地には宿泊施設が増えていきます.住宅価格や家賃が高騰し,特に低所得者にとっては住居を確保することが難しくなりつつあります.(略)」

そのうえで、
「北欧などの経済が豊かな国では休みも多く,逆に南欧や東欧などは低くなっています.南欧や東欧で反観光運動が目立つのは,自分たちが観光に行けないのに他国から観光客が大勢押し寄せて生活を破壊する,という思いがあるのかもしれません.」
と、住民サイドの悪感情の要因を端的に表現している。

国民や住民の雇用条件向上や生活改善につながらない観光行政は、入込客やインバウンドへの妬みを増幅させるだけに終わる。
我が国の観光行政やインバウンド対策は、あくまで、“日本人の余暇拡大”という基本や土台に立脚したうえで、為されるべきものだろう。
他人からまともなサービスを受けた経験の無い者が、他人に十分なサービスを提供できるはずがない。

需要あってのAI投資

『輸出競争力むしばむ「日本病」、リスク取らない経営者』(8/16 ロイターコラム 田巻一彦)
https://jp.reuters.com/article/column-idJPKCN1AW0DL?sp=true

「日本の輸出競争力に陰りが出ている。アベノミクス効果で円安基調が定着しても、輸出額は過去のピークを下回ったままで、経常黒字に占める貿易黒字の割合は20%程度にとどまっている。
この背景にあるのは、日本企業の経営者を覆っている「リスクを取らない」心理にあると指摘したい。(略)
最近の韓国では、新政権の意図した最低賃金の引き上げによって、人件費カットの目的で機械化や自動化の動きが急速に進展しているという。
日本では人手不足という要因で、同じように人件費の高騰が企業業績に影響を及ぼすようになっているが、韓国の一部でみられるような「無人コンビニ」の実証実験などの動きは、まだ出てきていない。(略)
行動しない理由を挙げて、投資や賃上げなどに動かないリーダーが増える現象を「日本病」と名付けたい。(略)
企業の利益剰余金が過去最高の390兆円まで積み上がっているのは、企業経営者の「無策」が露呈した結果だろう。
そこで提案だが、今後の生産性上昇の行方に大きな影響を与える人工知能(AI)を業務の改善に使った企業への優遇策を打ち出し、そこを起点に設備投資の波を作り出すべきだと考える。(略)」

コラム執筆者の田巻氏は、リスクを嫌い行動も起こさぬ経営者の消極性を日本病だと指摘し、それこそ、日本企業の輸出額停滞の真因だと批判している。
そのうえで、政府によるAI投資優遇策が必要と強調し、生産性向上への期待が大きいAI投資を促すことが設備投資活性化につながるはずと力説する。

事実、日本企業は400兆円近い利益を貯め込み、一向に賃上げや投資に廻そうとしない。

企業が賃上げを忌避してきた事実は、いまさら説明するまでもないが、第一生命経済研究所のリポート「40歳代の賃金不況~中堅所得層が薄くなる原因~」によると、団塊世代に次ぐ人口ボリュームゾーンの40歳代の勤労者は、企業から固定費カットの標的として狙い撃ちされ、ベースアップの停止や成果主義年俸制導入といった賃金カーブの低位化による人件費圧縮が進められたことがよく解る。
【参照先】http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2017/kuma170803ET.pdf

上記リポートを見ると、年齢階級別の所定内給与を2006年~2016年の10年間で比較すると、40~44歳代で月304千円/▲8.1%、45~49歳代で324千円/▲4.5%と大幅に減少している。(因みに35~39歳代280千円/▲6.5%、50~54歳代337千円/▲1.6%と、前後の世代も減少している)

さらに、1996年を100とする指数変化において、2016年の1人当たり労働生産性102.1に対して、1人当たり人件費は96.1でしかないことを図表で示し、「リーマンショック後、生産性は急上昇したが、1人当たり人件費はそれに追い付いていない」と指摘している。

こうした事実は、企業が労働分配率を抑え続けてきた軌跡を説明するものであり、働き盛りで生活資金も必要な層に十分な所得が行き渡っていないどころか、逆に減らされたのだから堪ったものではない。

冒頭のコラムは、そんな日本企業の守銭奴的態度を強く批判しており、その部分に関しては筆者も同意する。
そもそも、企業なんてものは、組織に属する労働者の食い扶持を稼ぐために存在するのだから、収益の果実を真っ先に分配すべきは労働者のはずで、収益を貯め込むだけで賃金として分配しないなら、企業としての存在価値が無い。

一方、コラムの締め括りにある“日本病の蔓延を打破する特効薬はAI投資だ”との田巻氏の主張には素直に頷けない。

氏は、NTTドコモ東京無線富士通が今年3月までに行ったAIを活用したタクシーの配車ルートの実証実験で、乗車ニーズの予測に関し相当の効果が出たと持ち上げるが、AI投資を労働コストカット策としてしか考えていないのなら、生産性向上なんて儚い夢に終わるだろう。

人手不足とやらを言い訳にしてAI投資を進め、雇用抑制と賃金圧縮を続けて行けば、やがて所得不足により需要がシュリンクしてしまい、いくらAIがタクシーの最適な配車ルートを提示しても、肝心の乗客がゼロという皮肉な事態が起きかねない。

AIは膨大なシミュレートやマーケット解析はできても、消費者や需要家の財布にお金を入れることまではできない。

AI投資は、情報投資そのものの拡大や、それを活用するサプライサイドの高度化を後押しする効果は見込めるが、肝心なのは、より高度なステージへと飛躍を遂げたサプライサイドの供給能力に見合うだけの需要が果たして存在するのか、という点なのだ。

雇用を維持拡大し、労働分配率を高めたうえで所得拡大による消費力の増強を図りながら、AI投資による生産やサービスの効率化や高度化を目指すのなら問題はない。

しかし、AIに期待する役割が、人減らしや賃金カットのための幼稚な抗弁に過ぎないなら、AIは無用の長物と化し、終いにはAIが失業する無様な世の中にしかなるまい。

たばこくらい好きに吸わせてやれば?

『東京都の「受動喫煙防止条例」は極めて重要だ~東京都医師会・尾崎会長が説く喫煙の大問題』(8/13 東洋経済ONLINE)
http://toyokeizai.net/articles/184145

当該コラムから、記者と尾崎氏とのやり取りを一部抜粋してみる。

〈記者〉
屋内完全禁煙について、飲食店からの反対も根強い。
〈尾崎氏〉
国内外に多数の論文があり、全面禁煙となった場合は飲食店の経営への影響はないとされる。むしろ、非喫煙者が安心して来店できるようになり売り上げが伸びる。(略)
そもそも飲食店は、タバコを吸わせておカネを取ることが目的ではないはず。大皿にいろいろな料理を盛り、注文に応じて取り分けるお店では、料理がタバコの煙で汚染される。(略)

〈記者〉
東京都の条例はどのようなものになるのが望ましいか。
〈尾崎氏〉
疾病予防の観点から東京都医師会としては、例外なし罰則付きの屋内原則禁煙が望ましいと考える。小規模バーなど一部の店舗を喫煙可とするような、広さによる例外規定は、かえって不公平になるおそれがある。ルールはシンプルな方がいい。(略)

「たばこ=不健康=癌の原因」と妄信する嫌煙信者の“たばこ追放運動”が、盛り上がっている。
筆者自身は嫌煙派で、これまでにたばこを一本も手に取ったことも、吸った経験もないが、世間に広まる集団ヒステリー気味の“嫌煙ファッショ”には断固として反対する。

近年のたばこ追放運動の拡大は、医療費抑制を狙う財務省厚労省の広宣活動もさることながら、女性や若者層の「薄汚いオヤジの口から吐き出された下劣な臭いを嗅ぎたくない」という感情の後押しがあってのものだろう。

特に女性は、たばこや酒、成人向け雑誌、性的表現を含むCMなど、自分がちょっとでも気に喰わないものを見つけては猛攻撃したがる癖があり、そうした悪癖をバカマスコミの連中が正当化してヨイショするものだから、彼女らもますますつけ上がり、社会文化として定着した趣味や嗜好に対して好き放題にクレームを付ける。
「たばこなんて自分は吸わないし、この世から消えても関係ないから、ドンドン叩けばよい」と情け容赦なく潰しに掛かるから始末に負えない。

だが、「自分が気に喰わず、自分に関係ないもの」を無思慮に叩きまくって調子に乗っていると、そのうち自分たちにも因果が巡ってくるものだ。

 まだ小さな動きに過ぎないが、化学物質過敏症に悩む患者への配慮から、授業参観出席の時の化粧使用や、病院や公共施設での香料使用の自粛を呼びかける事例もある。
 
これらは今のところ局地的な取り組みに止まっているが、化粧や香料の使用自粛運動が、この先、多くの人が集まる電車内や映画館、商業施設、レストラン、空港などといった空間にまで拡大しないとは言い切れない。

 化粧品に縁がない男性陣にとって、その使用が禁じられたところで何の影響もないが、藤田ニコルばりの醜い厚化粧に慣れ切った女性陣が厳しい規制を受け容れられるとは思えない。

 冒頭にご紹介した記事では、尾崎氏が、“あらゆる飲食店を例外なく全面禁煙にしろ、全面禁煙化すれば非喫煙者が安心して来店し売上が伸びる。そもそも飲食店はタバコを吸わせておカネを取ることが目的ではない”などとバカげたことを言っている。

 しかし、たばこは麻薬ではないのだから、店内を全面禁煙するか、分煙するかの判断は、店主やオーナーが判断すべきことであり、飲食店内という私的空間にまで一律禁煙を課すのは明らかな越権行為だ。
 
 また、禁煙にすれば客が増えるなんてのも、実態を知らぬいい加減な素人意見で、“喫煙者が不安でレストランに行けない”と怯える変わり者なんていないし、既に多くのレストランで分煙措置がなされている以上、まったく意味がない。
 禁煙にするくらいで客が増えるなら、とうの昔に日本中のレストランが全面禁煙しているはずだが、現実は見てのとおりだ。

 ついでに、“そもそも飲食店はタバコを吸わせておカネを取ることが目的ではない”なる意味不明な発言には、“そもそも飲食店はインスタ用の写真撮影をしておカネを取ることが目的ではない”とでも言っておけばよかろう。

 そもそも、喫煙と癌との明確な因果関係については、賛否両方の意見がある以上、自分が気に喰わないという理由だけで一方的に喫煙を禁じるのは、暴力的なファッショだとしか言えないし、たとえ喫煙が健康を損なうものだとしても、生活習慣や食生活も同様に健康への悪影響を及ぼす(イギリスの研究論文によると、癌の死亡の寄与割合は生活習慣が35%で第1位)と言われる以上、たばこだけを取り上げて排除するのは、明らかに公平性に欠ける。
 あたかも、全交通事故に占める割合がたったの0.7%しかない飲酒運転を過剰に叩くバカ者と同じで、健康問題を盾にして、自分が嫌いなたばこを追放したいだけの私怨でしかない。

 データを見ると、我が国の喫煙率は1970年の76.2%(男性/全年齢)から2017年に28.2%(同)まで激減しているが、2015年の癌死亡数は約22万人と1985年の約2倍にまで増え続けている。

ただし、癌死亡数増加の主な原因は人口の高齢化だとされ、確かに、癌の年齢調整死亡率は1970年辺りの約200人(男性/人口10万対)から2015年には160人強(同)と2割ほど低下している。
だが、その間の喫煙率が3分の1近くにまで減ったことを思えば、癌の主犯であったはずの喫煙者の減り方に比べて癌死亡割合の減り方が少なすぎることから、癌の死亡原因をたばこにばかり押し付けるのは、明らかに常軌を逸している。

世の中には、たばこ以外にも数え切れぬほどの嗜好が存在し、怪我や病気、死のリスクと隣り合わせのものも多い。
スポーツや登山、海水浴などのレジャーで大怪我を負ったり、死亡する例も後を絶たないが、危ないからといって、そうした趣味や嗜好を一律に禁じてしまうと国民生活の質は間違いなく低下し、不寛容で非常に息苦しい世界になるだろう。

嫌煙ファッショに賛同するバカ者には、己の関心外の他人の趣味や嗜好を尊重するのが、一人前の大人として身につけておくべき基本的マナーだと言っておきたい。

獅子身中の虫

29日に北朝鮮が発射した中距離弾道ミサイル「火星12」が北海道上空を通過し、初めてJアラートが発動した。

政府会見では、ミサイルの飛行距離は約2700㎞、最高高度は約550㎞と推定された。
また、通常よりも高い角度で打ち上げる、『ロフテッド軌道』と呼ばれる形態ではなかったという見方も示され、明らかに前回の発射は、北朝鮮から約3400㎞離れたグアムへの攻撃能力を誇示するものだった。

事実、発射翌日に北朝鮮朝鮮中央通信は、中距離弾道ミサイル「火星12」の発射訓練の成功を称賛しつつ、「金正恩朝鮮労働党委員長が立ち会い、ミサイル発射訓練は「米グアム島をけん制する前奏曲となる。金正恩氏は今後、太平洋を目標とする弾道ミサイル発射訓練を頻繁に行い、戦略兵器の戦力化を積極的に進めなければならないと述べた」と誇らしげに報じている。

いくら領空の遥か上空を飛んだとはいえ、今回のミサイル通過は、これまでの度重なる威嚇行為や挑発行為の延長線上にあり、もはや、軍事的挑発の域を超え、殺気を以って刀の鞘を抜き、刃を向けたと受け取っても文句は言えまい。

こうした事態を受けても、政府は、いつもどおり「遺憾の意、断固たる抗議、万全の警戒体制」を繰り返すだけで、やる気も実行力も無い国連に対応を丸投げするしかない。

多くの国民も強い恐怖や不安を口にするが、彼らの怒りの矛先は、なぜか、騒動の主犯たる北朝鮮ではなく、騒動の対応に追われた側に向けられる。
彼らが“遺憾”に思うのは、傍若無人北朝鮮ではなく、緊縮予算で手足を縛られながらも120%の完璧な対応ができない行政サイドなのだろう。

北朝鮮のミサイル通過騒動にも、
防災無線が鳴らなかったと役場に文句をつける輩
・避難の呼びかけに、ここらには頑丈な建物も地下ないぞと苦情を言う輩
北朝鮮をこれ以上刺激せぬよう米韓合同軍事訓練を自重しろと叫ぶ輩
ばかりで、大騒動を惹き起こした張本人を責めずに、行政機関の対応の不手際に文句をつけ、揚げ足取りに終始するさまは、まことに情けない。

たとえ防災無線が聞こえなくともTVやラジオで十分用は足せるし、頑丈な建物がない田舎なら、ミサイル着弾まで10分ほどしかないから下手に外をうろつかず、大人しく家に閉じ篭るしかない。
そのくらい自分で判断できないようでは、一人前の大人とは言えない。

文句を言うのは勝手だが、長年にわたり緊縮予算を強要され続けてきた地方自治体には、もはや、緊急時を上手く仕切れるだけの人材や人員も居ないし、必要な設備すら揃えられないことを先ず理解すべきだ。

それにしても、行政や役場にケチをつけるしか能がないバカ者の脅威や敵とは、いったい何処の誰なのか?
街頭インタビューを聞いても、北朝鮮に強い憤りを表し、口撃するような人物は1人も見当たらない。

個々人が持つ主義や思想に係わりなく、外的リスクは我が身に突然襲い掛かってくる。
自身が平和を愛し、憲法9条を金科玉条の如く信奉しても、他国の平和など歯牙にも掛けぬ狂国が放つ銃弾やミサイルの脅威から逃れることはできない。

こちらに銃火器を突き付ける相手には抵抗も反撃もせず、なぜか身近にいる味方の胸座を掴んで恫喝するような人間の畜生ぶりには無性に腹が立つ。

特に、“北朝鮮を刺激するな系”の意見を吐く輩には反吐を吐き掛けたくなる。

こちらを挑発し、刺激し続けているのは、国際儀礼をわきまえぬ下品な口撃だけでなく、度重なるミサイル発射という攻撃すら辞さぬ北朝鮮側であり、狂国の軍事力行使に怯えて他人に自重や忍耐を強要するのは、テロリストや凶悪犯への同調や幇助に等しい愚行だ。

こうした醜悪なる“獅子身中の虫”の存在は、国防にとって最大のリスクだと言える。

保有を自称し、核兵器の使用すら平気で公言するキチガイ国家をのさばらせておく必要性など微塵も感じない。

今後、北朝鮮によるグアム近海へのミサイル攻撃は十分にあり得るから、そのタイミングで、アメリカによる軍事攻撃を促すべきだ。
それも、限定的な攻撃ではなく、北朝鮮の軍事力を完全に消滅させ、狂豚指導者の首を獲る全面攻撃でなければならない。

巷間漏れ聞こえる北朝鮮軍の脅威は、やや誇大の感があり、兵士たちの士気や錬度はさほどでもなく、緒戦で首都機能や軍事拠点をしっかり叩けば、組織だった反撃もできず、散発的な抵抗に終始するしかなくなると予測する。

そして、日韓両国への反撃を最小限に抑え込み、朝鮮半島を巡る中露との紛争の火種を残さぬためにも、北朝鮮の指導部や政権機能を完全に破壊し尽くすべきだ。

当然、アメリカ軍も無傷というわけにはいかないが、先の大戦での敗戦以降、我が国がアメリカに支払ってきた無用なツケの幾ばくかでも償わせる機会にもなるだろう。

冷たいようだが、アメリカには、我が国から長年享受してきた恩恵のツケを払ってもらう必要がある。

仮に、北朝鮮の攻撃で我が国が人的被害を蒙る事態となれば、もはや憲法9条などかなぐり捨ててでも、徹底的に反撃し、相手を平伏させるべきだ。

国を護り、国民の生命や財産を護るには、時には狂気にも似た覚悟と行動が必要になる。