うずらのブログ

積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

ヘリマネ未満の緊縮論

『ヘリコプターマネーを実行するとどうなるか~高齢化が進む日本経済をモデルに考えてみる』(東洋経済オンライン 櫨 浩一:ニッセイ基礎研究所専務理事)
http://toyokeizai.net/articles/-/194719

「ヘリコプターで空から1万円札をばらまくがごとく、消費者や企業におカネを供給する。ヘリコプターマネーは、マネタリストとして高名なミルトン・フリードマンマネーストックを増やす具体的な手段の例として、「たとえばヘリコプターから現金をばらまいたとしよう」と書いたのが始まりだ。バーナンキFRB議長がデフレ対策の切り札として提唱したので、デフレ対策として認識している人も多いだろうが、もともとはおカネの過剰供給が一時的には景気をよくするものの、いずれインフレを引き起こして大変なことになる、という警鐘だった。(略)
政府が財政赤字を出し続けて政府債務が累積する一方で、日本銀行国債保有残高を増やしてマネーストックを増加させている日本経済の状況は、ヘリコプターマネーの供給を行っているのとほとんど同じではないか。 (略)
強力な政策でインフレの加速を抑制するというインフレターゲット政策について、現在の時点で国民的な合意ができたとしても、実際に強い金融引き締めや大規模な増税を行おうとすれば、政治的な反発が非常に大きくなるので実施できるかどうか怪しいものだ。(略)
高齢化が進むことで日本経済がインフレに転じる、あるいは日本の財政や日銀への信認が低下して海外への大量の資金逃避がおこり大幅な円安による輸入物価の上昇からインフレになるなど、インフレの制御が困難になるというのが可能性としては高く、対処が困難な問題に直面するシナリオではないだろうか」

櫨氏は、いわゆる“ヘリマネ政策”が財政赤字を発散させハイパーインフレを惹き起こすと警告したいようだが、これぞまさに『杞憂』である。

エコノミストという生き物は、年中オフィスに閉じ篭りっきりで、その行動範囲は自宅と勤務先以外、せいぜい、兜町や本石町、永田町、霞が関界隈くらいのものだから、下界の実態には案外疎い。

櫨氏の「おカネの過剰供給が一時的には景気をよくする」なんてくだりは、彼が経済の本質や、その発展過程をまったく理解していないことを露呈している。

消費者と生産者間のモノやサービスの授受、雇用者と被雇用者間の労働力や給与の授受を媒介するのがおカネ(マネー)であり、その授受の回数や量、スピードの総量こそが経済の大きさを決める。
よって、経済成長(=国民や生産者の所得増加)のためには、消費や投資を通じたおカネの流通頻度、流通量、流通速度を常に向上させる必要があり、そのためには、実体経済で活躍するおカネの総量を増やし続けねばならないのは当然だ。

櫨氏みたいに、おカネの役割を景気対策用の一時的な支出だけに縛ろうという発想自体が根本的に間違っている。
経済の規模が大きくなれば個々の決済量も増えるのだから、決済に不可欠なおカネの量を拡大するのが当たり前ではないか。

また、櫨氏は、日銀の量的緩和政策による既発債の大量買取をヘリマネと同義だと唾棄気味に語っている。

しかし、我が国の量的緩和政策は、日銀の国債保有割合増加による実質的な政府債務の低下という効果は認められるものの、いたずらにマネタリーベースを増やすだけで、実体経済を刺激するまでには至っていない。

例えるなら、「寒さを凌ぐ上着にこそなれ、空腹を満たす食糧にはなり得ていない」状態でしかなく、とてもヘリコプターマネー呼ばわりできるような代物ではない。

ヘリマネとは、国民や企業の懐に消費や投資に使えるおカネを直接捻じ込む、かなり積極的な財政政策のことであり、安倍政権や黒田日銀が箸休め程度に行っている中途半端な金融政策とは次元がまったく違うものだ。

それにしても、櫨氏みたいに、現状やってもいないし、今後やる可能性がほぼゼロに近いヘリマネ政策を恐れて、「日本の財政や日銀への信認が低下する」、「ハイパーインフレが起きて大変なことになる」と空騒ぎする連中の頭の中は、いったいどうなっているのか。

彼は、一旦インフレが進行すると制御不能になる、金融引き締めや増税は政治的反発が強くインフレ対策が効かなくなる、と懸念するが、バカもほどほどにしろと言っておく。

金融引き締めなんて、戦後復興期や高度成長期だけでなく、バブル退治やITバブル崩壊からの回復期など過去に幾らでもやっているし、その際に国民や企業から大きな反発があったという記憶もない。

増税についても同様で、消費税導入の議論をしていた時代こそ、反発を喰らった与党が選挙で敗北を喫することもあったが、一旦導入された後は国民も物分かりがよくなり、相次ぐ税率引上げに対した抵抗もせず、唯々諾々と納税を続け、増税の恨みの矛先をなぜか公共工事のせいにする風潮が蔓延している。

つまり、いざという時のインフレ対策が国民の強い抵抗に遭う懸念などさらさらなく、インフレの炎を消火する手段がないという櫨氏の懸念は空想の類でしかない。

また、彼は、「高齢化が進むことで日本経済がインフレに転じる」と述べている。

しかし、我が国は、1995年の国勢調査で65歳以上の高齢者割合が14.5%に達して「高齢社会」となり、2007年には21.5%にまで上昇して「超高齢社会」になったとされるが、その間の経済状況はインフレどころか、強烈なデフレに悩まされてきたではないか。

これは、今後更なる高齢化が進行する将来においても同じことで、生産者や供給の担い手が減るからと言って自動的にインフレが到来するわけではない。
緊縮政策の継続により所得の停滞や減少が続けば、欲しいモノがあっても買うカネがない多くの国民は、将来不安と現在不安に脅え消費を抑制せざるを得なくなる。

その先にあるのは、中短期的には需要不足によるデフレ経済だが、数十年単位の長期スパンで見れば、需要不足の深刻化がやがて産業を崩壊させ供給力や生産力を大きく棄損させるだろう。
そして、内需が衰亡し、モノづくりやサービス提供力という「国富」が極度に劣化した我が国の貿易収支は大幅な悪化を余儀なくされ、国民所得が極限まで低下した重篤の状態で、輸入コスト増大による猛烈なコストプッシュ型インフレに見舞われるかもしれない。
まさに、痛い上の針、弱り目に祟り目と言える。

そういった最悪の未来を忌避するためにも、ヘリマネでも、日銀の国債直受でも、紙幣増刷でも、ベーシックインカムでもよいから、国民や企業の財布や金庫を分厚くさせる大規模かつ長期にわたる財政金融政策が必要なのだ。

いま心配すべきは、対策や封印方法が完備されたインフレを徒に恐れることではない。
人々から消費欲を奪い、企業から生産力を奪うデフレ不況にこそ正しく脅えるべきなのだ。

不況克服に経済政策の照準を定め、積極的な財金政策により国民や企業の需要力を強化しておきさえすれば、それが発端となり供給力も維持向上するものだから、多少のインフレなど物の数ではない。

櫨氏のように、ありもしない幻に脅え、経済政策の真贋を見紛うのは、プロのエコノミストとして誠に恥ずべき行為だろう。

社保負担を国民に求める愚論

『「親切・重税党」と「冷淡・軽税党」』(10/31 日経新聞/大機小機 執筆者:ミスト)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO22933700R31C17A0920M00/

「世の中には「親切・重税党」と「冷淡・軽税党」しかない、故高坂正尭京都大学教授はよくこう語った。「大きな政府」と「小さな政府」でもよい。先進国の政治の対抗軸はこれをメルクマールに分かれ、二大政党制をなす。国民負担を上げ社会保障を充実したい「親切・重税党」と、負担は最小限に自己負担・自己責任を重視する「冷淡・軽税党」との間で政権交代が繰り返されてきた。高齢化で社会保障が最大関心事になる今日、この2つが政治の対抗軸である。(略)
日本は先進国最大の財政赤字を抱える。これは給付が負担を上回る政策(中福祉・小負担)を長年続けてきたことが原因だ。良識のある政治であれば、受益と負担のアンバランス(将来へのつけ回し)を国民負担の増加で対応する(中福祉・中負担)のか、歳出削減を中心に対処する(小福祉・小負担)のか、これを国民に問うはずだ。(略)」

まったく、緊縮主義者の勝手な妄想や決めつけには困ったものだ。

コラム執筆者のミスト氏は、既存政党を社会保障制度に対する態度別に、「親切・重税党」(社会保障充実+国民負担増)と、「冷淡・軽税党」(社会保障切り下げ+国民負担減)の二色に色分けしている。

さらに、少子高齢化という重い十字架を背負った国民にとって、今や最大の関心事項は社会保障制度の「維持」であり、「親切・重税党」と「冷淡・軽税党」の二大勢力が政治的対抗軸になるべきだと主張する。

冒頭から〆に至るまで大嘘だらけの緊縮礼賛コラムには冷笑するほかないが、日経発の緊縮菌を少しでも殺菌すべく、その誤りを指摘しておきたい。

先ず、ミスト氏による「親切・重税党」と「冷淡・軽税党」の色分けは、あまりにも杜撰かつ認識不足も甚だしい。

社会保障政策別に既存政党を色分けすると、おおよそ次のようになる。
①「親切(のフリ)・重税党」(社会保障切り下げ+国民負担増)…自民・公明
②「冷淡・軽税(のフリ)党」(社会保障切り下げ+国民負担現状維持)…希望・維新
③「平静・歳出カット党」(社会保障現状維持+公共事業費削減)…立民・社民・共産

つまり、国民にとって最大の関心事である「社会保障制度の充実や拡充」を真剣に目指す政党は皆無で、各党とも、「社会保障を何とかしてほしい」という国民の声を、「最低限のレベルで維持してほしい」と勝手に読み替え、“日本は借金大国だから”、“財源がどこにも見当たらないから”と下らぬ言い訳を並べて、「増税か、他の歳出カットか、社保サービス切り下げか」と国民を脅迫しているに過ぎない。

ミスト氏は、「親切・重税党」と「冷淡・軽税党」の二大勢力が政治的対抗軸になるべきだと主張するが、そんなものは国民ニーズを足蹴にするとんでもない愚論であり、平成不況に苦しめられ続けてきた国民が真に望むのは、『親切・免税党』だろう。

1970年には、たったの24.3%に過ぎなかった国民負担率は、今や43.9%にも達しており、中でも、社保負担の増加や消費税増税が負担率を大きく押し上げている。
この間に国民の平均収入が右肩上がりにでもなっておればまだしも、サラリーマン層の平均年収は1997年のピーク時から上がるどころか10%近くも下がっているのだから、これ以上の負担増に耐えられるはずがない。

ミスト氏は、“給付が負担を上回る政策(中福祉・小負担)を長年続けてきた”などと国民が社会保障制度のタダ乗りしてきたかのような言い草だが、毎月多額の社保費用を天引きされる庶民の感覚(中小福祉・高負担)をまったく理解できていない。

ミスト氏のコラムは、消費税率10%引き上げの一部を回す与党案や、大企業への留保金課税を課す希望案、金融所得や相続税の課税強化を訴える立民案、議員定数の削減・給与カットを主張する維新案のいずれも膨大な社保財源を賄うには役不足であり、社保給付の大幅カットと増税による国民負担は避けて通れないというニュアンスで締めくくられている。

彼のような創造性に欠ける緊縮絶対主義者は、寝ても覚めても財源探しを言い訳にして社会保障制度の中身の充実に取り組もうとしない。
要は、国民ニーズの汲み上げを基に制度の改良に取り組もうとするような根気の要る作業を敬遠し、財源問題を免罪符にして改良・改革作業を放り出したいだけなのだ。

我が国の人口ピラミッドが▲型から◆型へと変貌を遂げてしまった原因は、国民の責めに帰すべき事由ではなく、明らかに政府の経済失政である以上、国民に金銭的負担を求めてはならない。

今は歪な人口ピラミッドも、第二次ベビーブーム世代が後期高齢者になる30数年後には、かなりすっきりした形に戻るだろう。
また、社会保障に係わる支出の多くは国内経済に還流する性格のものだから、支出を厭わずに、大規模な国債発行で調達すればよく、それでも足りないなら、紙幣の増刷に踏み切ればよいだけだ。

医療・福祉・介護という分野は、日本人の誰しもが受益者たり得る政策なのだから、今の生活を切り崩してまで大きな負担を抱える必要はなく、国債や紙幣増刷という誰の腹も痛めぬ経済政策で対処すべきだろう。

大規模な財政支出によって多少のインフレが生じるかもしれないが、それこそ、社会保障サービス拡充の受益者たる国民が平等に負担すればよいだけのことだ。

国民も、切りつめ生活の中で更なる重税を課せられた挙句に社保サービスを削られるよりも、実質所得が増え続ける状態で少々のインフレに付き合う方が、遥かに気楽だろう。

賃金が増えないのは、技術革新ではなく守銭奴のせい

『好景気でも増えぬ賃金 先進国、広がる停滞~賃金迷路(1) 』(10/30日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO22878370Q7A031C1SHA000/?n_cid=NMAIL005

安倍晋三首相が「3%の賃上げ」への期待を表明した。しかし今、世界の先進国は好景気でも伸びない賃金に悩んでいる。賃金の低い新興国との競争があるだけではない。シェアビジネスや人工知能(AI)などの技術革新が古いビジネスモデルの賃金を抑え、人口の高齢化が賃金の伸びにくい労働者を生む。世界の構造変化で迷路に入り込んだかのような賃金の姿を追う。(略)
大和総研によると、70~74年生まれの人が40歳代前半に稼いだ所定内給与は年329万円と、60~64年生まれの人が同年代で稼いだ額より23万円少ない。内閣府は「総人件費を増やしたくない企業が団塊ジュニアの賃金を抑えることが、消費が伸び悩む一因」と見る。
 雇用の環境が良くなると、企業は人材を集めるために賃金を上げる。この構図が今は崩れている。16年は完全失業率が3.1%と22年ぶりの低水準になったが、1人あたりの賃金は1%の上昇どまり。(略)」

最初に、日経の意図的かつ悪質な誘導記事の誤りを指摘しておきたい。
一つ目は、日本を含む先進諸国が「好景気」だと断定している点。
二つ目は、先進国の賃金停滞、特に低中間層の賃金が伸び悩む要因を、AI化などの技術革新やビジネスモデルの変化のせいにしている点だ。

先ず、先進国が好景気に見舞われているという“妄想”に関して、経済政策がらみでは日経とほぼ同じベクトル内閣府も、
「世界の実質所得は、新興国などの中所得階級やトップ1%の先進国の富裕層で大きく伸びているが、先進国の中・低所得者層では伸びが低い。」
(「2030年展望と改革タスクフォース報告書」より)
「先進国においては、世界金融危機から7年を経てもいまだにマイナスのGDPギャップが残るなど、回復のペースは緩やかなものとなっており、いわゆる「長期停滞論」を含め、低成長の要因や対応策に関する議論が行われている。(略) 2000年代に入ると中国以外の新興国・途上国の成長が加速し、成長率が低下した先進国との差が拡大した。」
(「世界経済の潮流2016年」より)
と、先進国の成長が深刻なほど鈍化していることを認めている。

世界の実質経済成長率に占める先進国の割合も、ピークだった2000年前後と比べて1/3くらいにまで落ち込み、中国の後塵を拝するありさまだ。

我が国においても、日経やへっぽこエコノミストの連中が、盛んにアベノミクス効果とやらを喧伝するが、9月の家計消費支出は、実質で前年同期比▲0.3%とまったく振るわない。

しかも、内閣府の地域経済動向調査(H29/8調査)では、日本で最も景気が良いはずの南関東や東海地域の景気判断が、いずれも「緩やかな回復基調が続いている」という控えめで自信無さげな表現に止まっており、日本経済は好景気どころか、いまだ不況の波に翻弄されているというべきだ。

第一、本物の好景気が訪れたなら、個人消費の対前年同期比がマイナスになる月など出るはずがないし、各種のDI調査が「▲マーク」だらけになるはずもない。

「首都圏ではバイトの時給が爆上げ(※上がった時給はたったの20~30円)」とか、「介護や運送業界は人手不足でてんてこ舞い(※求人票の月給は15~25万円で見なし残業代込み)」といった卑近でショボすぎる例を盾に取り、「もはや日本は完全雇用時代だ」、「アベノミクス万歳」と叫ぶ大バカ者は、『好景気』の定義条件を引き下げ過ぎなのだ。
これでは、打率220、本塁打8本、打点35程度の三流打者を一流呼ばわりするようなものではないか?

次に、技術革新やビジネスモデルの変遷が先進国の低中間層の所得抑制の原因であり、AI化やロボット化が進む未来において、こうした傾向は不可逆的だ(=所得増は諦めろ‼)というホラ話の誤りも指摘しておきたい。

先に紹介した内閣府の資料(世界経済の潮流2016年)にも、「世界金融危機により08年、09年の成長は世界的に大幅に鈍化したものの、4兆元の景気対策の効果もあり、中国はいち早く成長を回復し、危機後の世界経済を下支えした」と記されているとおり、中国が世界の経済成長パフォーマンスの牽引役たる地位を占めるようになった最大の要因は、技術革新でも構造改革でも、はたまたワイズスペンディングのおかげでもなく、単に、大規模かつ積極的な財政支出により実体経済を大いに刺激したことによるものだ。

中国の大規模な財政投資は、一定レベルの生産力が備わった社会において、経済成長の燃料やエンジンたり得るのは、“消費や投資の原資に直結する貨幣の供給”だけ、という極めてシンプルな経済原理を体現したと言える。

冒頭の日経の記事では、雇用環境の良化が賃上げに直結しない昨今の事象を記しているが、同年代における所定内給与が10年も昔の先輩方より低いなんて、本来あってはならぬことだ。
これは、技術革新やビジネスモデル云々のせいではない。
なぜなら、AI化やロボット化は、現時点では実証段階の入り口にすら立てておらず、実際の労働現場では、いまだ空想レベルの存在でしかない。

むしろ、長年続いた政府レベルの緊縮政策が民間の需要力や投資期待を抑制させ労働分配率が下がり続けたこと、非正規雇用の蔓延や、野放図な資本移動の自由化、移民労働者の受入緩和による後進国の奴隷労働者との競合が生じたことといった複数の要因が重なり、我が国の労働賃金に重いアンカーが課されたことが大きい。

要は、「他者や他業界へ流れる財出はすべてムダ」、「他人の労働にカネを支払いたくない」という資本主義や経済の根本すら否定するケチで下賤な発想が官民問わず蔓延しているからこそ、先進諸国の労働賃金が何時まで経っても上昇しないのだ。

先進諸国が罹患した「財出&労働分配嫌悪症」が重篤化すると、世界中にコストカット万能菌がバラ撒かれ、各国で人件費カットや所得の停滞・下落が一般化し、やがて内需の担い手が消滅する憂き目に遭うだろう。
そうなってから慌てて外需開拓に熱を上げようとしても無駄だ。
外需など、所詮は「他国の内需」でしかないからだ。

インフラに支えられる社会

日勝峠 1年2カ月ぶり通行再開 道東道の無料措置終了』(10/28 北海道新聞
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/141582

「昨年8月の台風10号による被害で不通が続いていた国道274号日勝峠日高管内日高町千栄(ちさか)―十勝管内清水町清水、36.1キロ)は28日午後、通行止めが解除された。道央と道東を結ぶ幹線は、1年2カ月ぶりに通行が可能になった」

昨年の8月17日から23日にかけて、台風7・9・11号が連続して北海道を直撃。
さらに、8月30日には台風10号岩手県大船渡市経由で再び北海道に上陸し、北海道内に死者行方不明者4名、被害総額2,800億円余りもの甚大な被害をもたらした。
大雨の影響で各地のジャガイモ畑やアヲハタの製缶工場が被災し、ポテトチップスやコーン缶の出荷がストップしたのも記憶に新しい。

北海道で1年に台風が3回以上上陸するだけでも観測史上初めてのことだそうだが、1週間に3回、1カ月に4回ともなれば、台風慣れしていない道民の驚愕ぶりたるや想像を絶するに余りある。
改めて、被害に遭われた方々にお悔やみとお見舞いを申し上げます。

件の台風連続直撃は、北海道、とりわけ十勝や上川南部、オホーツク地域ほか主に道東地方に大きな被害をもたらしたが、最も象徴なのが、札幌などの道央地域と十勝・釧路・根室などの道東地域を結ぶ大動脈の国道274号線で最大の難所と呼ばれる「日勝峠」が各所で崩壊し、寸断されたことだろう。
(※)日勝峠寸断の惨状などの様子は下記のブログをご参照ください。
【参照先】『台風10号 北海道各地の爪痕~十勝毎日新聞~』
https://ameblo.jp/irukazion/entry-12197937870.html

冒頭記事のとおり、関係者の方々の昼夜を問わぬご努力と奮闘により、日勝峠が被災から1年2か月という短期間で無事に通行再開を果たしたわけだが、この間に道央圏と道東圏の交通や物流を支え続けたのが「道東自動車道」であった。

道東自動車道は、道央自動車道千歳恵庭JCTから分岐して釧路市の阿寒IC及び足寄郡足寄町の足寄ICに至る総延長258kmの高速道路だが、通行量の少なさや暫定2車線の対面通行区間が長いことによる不便さから、石原伸晃辺りの役立たずから「車の数より熊の通る数が多い」と揶揄され、地元のマスコミや住民からも無駄な公共投資の象徴として随分叩かれたらしい。

だが、実際に大規模な自然災害の被害に直面した地元住民の心情は、否応なく変化せざるを得なかったようだ。
筆者は今夏に出張で帯広市を訪れ、観光バス事業者や野菜の卸売業者らと話す機会があったが、皆一様に、「今回は道東道の有難味を身に沁みて感じた」、「道東道が無かったら間違いなく道央圏との物流は寸断されていたと思うとゾッとする」と話していた。

道東道が無い状態で日勝峠が寸断されたと仮定すると、道央圏と道東圏との結ぶ迂回ルートは、
①札幌→滝川→南富良野→道東へ(約262km)
②札幌→上川→三国峠→道東へ(約344km)
③札幌→襟裳岬→道東へ(約366km)
の3パターンとなり、道東道経由(約203km)と比較した移動距離は3~8割も長く、当然所要時間も倍近くに増えてしまう。

これは、人手不足や燃料価格の高止まりに悩む物流業界にとってコスト負担があまりに大きく、非常に重たい足枷になる。
また、冬期間に猛吹雪や路面凍結というハンディを背負う北海道の道路事情を鑑みると、長距離運転を強要する迂回ルートは、ドライバーの事故リスクを否が応でも高める危険な選択となっただろう。
(※筆者も、稚内に出張しレンタカーで移動中にブリザードに巻き込まれ、目の前がホワイトアウトし、死ぬ思いの恐怖を感じた経験がある)

NEXCO東日本のデータを確認すると、台風災害前後の道東道の通行量は、H28年4~7月累計38千台に対し、H29年4~7月の累計は48千台と26%も増えており、立派に日勝峠のピンチヒッターを勤め上げたことが解る。

世襲バカボン議員(石原ほか)から、“熊やキタキツネしか通らない”と罵られても、道東道は黙々と道東圏68万人の生活や物流を支え続けてきたのだ。

筆者も、先の出張の際に道東道を通ってみたが、法面が崩壊した箇所や、土石流が高速道路のすぐ横まで迫っている箇所が複数見受けられ、道東道とて決して無傷というわけではなく、各所に刀傷を受けながらも何とか持ちこたえ、1年以上も交通や物流を可能ならしめてきたのかと思うと、道東道の存在と関係者のご尽力に今更ながら頭の下がる思いがした。

世の中にはインフラ投資と聞けだけで背中に虫唾が走ったり、天然資源の無駄遣いだと叫ぶ痴れ者 (※インフラ投資に使われる資材や骨材の自給率が高いことを知らぬバカ)も多いが、我々の生活や生産活動はすべて公共インフラに支えられて初めて成り立つもの、つまり、公共インフラは「社会基盤のゆりかご」であることをきちんと理解すべきだ。

ましてや、年々老朽化が進む公共インフラの維持更新や新規投資予算を削り、“賢い支出(ワイズスペンディング)”とか、“コンクリートから人へ”などと嘯く愚か者には、大いに猛省を促したい。

日本に財政問題は無いという「常識」

『財政悪化が進んでも警鐘の鳴らない国、日本~衆院選で明らかにポピュリズムに陥った』(東洋経済オンライン 大崎明子/東洋経済記者)
http://toyokeizai.net/articles/-/194074

「「教育無償化」は聞こえのよい政策ではある。しかし、政策効果について議論が不十分なことはさて置くとしても、実現したいならば、ほかの費用を削って財源を捻出すべきだ。(略)
 消費税率の8%から10%への引き上げによる税収の当初予定していた使途も借金が減るわけではなく、毎年発生している財政赤字を2兆円減らすだけだ。だから「後代への負担のつけ回しの軽減」にすぎず、「つけ回し」はまだまだ続くのである。(略)
そんななかでも、ポピュリズム的な増税の回避、バラマキ政策といった無責任な公約がまかり通る。なぜなのか。
こうした問題の背後には、日本の財政がさらに悪化すること、あるいは財政再建への政府の姿勢が後退したことが明らかなのに、市場からの警鐘が鳴らないということがあるだろう。(略)」

この記事を書いた大崎氏は、“世界最悪の財政危機”に陥っているはずの日本を何としても破綻させたくて仕方がないようだ。
どれだけマスコミが財政危機を騒ぎ立てても、市場が反応せず、円売りも金利暴騰も一向に起きないことにイラついている。

彼女は、市場の警鐘が鳴らない原因として、
「日銀の異次元緩和のせいで、財政の体温計とも言うべき「国債金利」が役に立たないこと」、
国債のほとんどが国内で賄われ、海外投資家の保有比率は10.5%に過ぎず、いざとなれば消費税率を30%くらいまで一気に引き上げて民間部門の余剰資金を召し上げれば赤字を失くせるから、デフォルト確立の評価が中心の格付け機関による格付けシステムが機能していないこと」
の2点を挙げ、マーケットの不作為により、日本の家計が将来的に大きな負担を負うことになると愚痴っている。
(※すでに、家計はイヤというほど重い負担を負い続けてきたのだが…)

そのうえで、
「後代へのつけ回しの拡大に対する危機感すら失われている」、
長期金利が上昇すれば、日本の金利も引きずられて上昇し、政府の利払い負担が拡大する」、
「“フリーランチはない”、“借りたカネは返す”といった常識は日本から失われてしまったのだろうか」
と、緊縮主義者特有の“危機煽動用テンプレート”に沿って嘆き始めるのは、ご愛嬌といったところか…

大崎氏の言説は妄想と誤解だらけで、赤ペンを入れるのも面倒になる。

先ず、日銀のせいで国債金利という体温計が狂ったとの指摘は単なる思い込みで、国債金利なんて金融政策でいくらでもコントロールできるという事実を認めたくないだけだろう。

次に、彼女は、民間部門に重税を課せば巨額の国債償還財源を捻出できると軽く口にしているが、消費税率を30%に引き上げるなんて、実体経済をクラッシュさせかねないとんでもない暴論だ。
税率が0%→3%→5%→8%へ上がるたびに日本経済が重篤化してきたのに、これを一気に四倍近くに引き上げるなど、あまりにも無責任な発言だ。

また、長期金利上昇で国債の利払いが増える云々についても、実際は金利上昇後に発行される新発債の金利が増えるだけなのに、既発債のほとんどが固定金利であることを意図的に隠し、さも、1,000兆円の国債全ての利払いが膨張するかのような大嘘を吐くのは、もはや犯罪に近い。

さらに、日本政府が借りたカネを返していないかのような言説も問題だ。
我が国は国債償還も利払いもまったく問題なく行ってきており、借りたカネを返さなかった事実など微塵もない。
いまや「有事の円買い」がすっかり定着し、世界一の低金利を誇る我が国の国債償還力を嫌煙するなんて、大崎氏の常識を疑うしかない。

彼女みたいな“経済非常識人”は、ちょっとでも財政規律の弛みを見つけると、「フリーランチはない」とヒステリックに騒ぎ立てるが、欧米諸国では、国債償還ルールも減債基金制度もないのが一般的で、ドイツを除き公債金収入・公債償還支出の予算計上すらしていない。
つまり、国債は利払いだけで済ませ、元金償還は借り換え対応のみで放置、というのがグローバルスタンダードなのだ。
大崎氏は、それこそ、国債償還に不真面目な欧米諸国の連中を捕まえて、「経済にフリーランチはないぞ‼」とどやしつけるべきではないか?

いみじくも彼女は、コラムの中で、
「日本国債はすべて円建てで発行されている。日本国債がデフォルトするときは円の信用も破綻しているので、100億円分の国債と引き替えに100億円をもらっても仕方がない。したがって、日本国債CDSはドルで取引されているが、日本政府はほとんどドル建ての債務を持っていないので、銀行などの機関投資家は為替リスクを取ってまでドルをもらう取引を行っていない。そこがかつて話題になったギリシャ国債などとの違いだ。日本国債CDSはヘッジ目的ではなく外国人投資家の一部が、日本国債を材料にして賭けを行なっているにすぎないので、市場への影響力はほとんどない」
と述べ、日本国債の特殊性を解説し、ノーリスクであることを認めている。

大崎氏のような教条的緊縮主義者は、往々にして、現実を冷静に見つめられる理性を持ち合わせていないから、自分の妄想が生み出す大嘘を吐き続けるしかない。
日本国債のデフォルトを願うバカ者どもには、「国債に警鐘を鳴らしたいなら、お前が率先して円売りしてみろ‼」、「デフォルトで価値が暴落する円など今すぐ手放し、ジャガイモやサンマと交換してみろ‼」と言っておく。

他者を思いやれる草の根であれ

衆院選で明白、政治家のレベルの低さこそ本当の「国難」だ』(10/24 DIAMOND online 黒瀬徹一)
http://diamond.jp/articles/-/146745

上記コラムを執筆した黒瀬氏は、先の衆院選で醜態を晒した希望の党や維新の会所属の候補者たちの政党サーファーっぷりを指して、「政治家の「レベルの低さ」こそが本当の「国難」なのである」と厳しく批判している。

また、「今の二大政党の軸は、「保守vsリベラル」「右か左か」ということではなく、「上からか草の根からか」ということなのだ」と指摘し、“右派vs左派”という色分けに拘る評論家たちの時代錯誤な冷戦構造能に疑問を投げかける。

筆者にしてみれば、希望や維新の連中だけでなく、自民・公明・立民・共産・社民等々、政界やその周辺に巣食う既存の政治家のほとんどが「国難レベル」だと言える。

「仕事が増えて給料が上がるよう景気を良くしてほしい」、「ガタガタになった社会保障制度をもっと拡充してほしい」といった国民の切なる願いをガン無視して、“無駄の削減、身を切る改革、憲法改正原発反対”云々と、誰も関心がない低次元な話を上から目線で愚直に押し売りする痴れ者どもを国権の最高機関に送り出さねばならぬ選挙民の身になってほしいものだ。

さて、今回は、黒瀬氏のコラムにある“「上からか、草の根からか」が今後の二大政党の対立軸になるべきだ”という指摘について考えてみたい。

先ず、筆者が残念に思うのは、世間では往々にして、どこからどう見ても草の根の立場や階層にいるはずの人間が、なぜか上から目線で除草剤をまき散らし、草の根を根絶させるような発言をするケースがままある点だ。

マスコミのインタビューを見ると、子育て世代の若い女性が、待機児童解消予算確保のためなら増税も仕方ないと答え、新橋駅前の冴えないサラリーマンが、自由貿易は世界の潮流だからTPPで国内農業が壊滅しても仕方ないと嘯き、山間地のヒマな老人たちが、医療費負担が大変だから公共事業を削れと吐き捨てるありさまをよく目にするが、彼らは自分たちの軽々しい発言が、別の誰か(草の根階層の人々)の仕事や雇用、所得を奪い去るリスクを抱えていることをまったく自覚していない。

この手の無責任発言を繰り返す人々は、「日本は財政危機、PB黒字化は国際公約グローバル化は絶対正義、社会保障の膨張は絶対悪」といった財務省やマスコミ発の大嘘を信じ込み、“財政支出はご法度”という間違った教義を前提にして物事を考える癖がついているから、自分たちの意思やニーズを主張する際に、必ず別の誰かの権益を侵そうとするものだ。

彼らは「Aという分野に予算をつけたいから、BとCの予算を削ってしまえ」と簡単に言い放つが、自身の軽々しい発言が巡り巡ってデメリットとなって跳ね返ってくることに気付こうともしない。

その最たる例が消費税率引き上げに関する意見だ。
時事通信社が今年9月に行った世論調査では、2019年10月に予定される消費税率10%への引き上げについて、「引き上げを見送るべきだ」が58.1%、「予定通り引き上げるべきだ」の34.3%を上回ったそうだが、現在の8%の税率でも十分高すぎるのに、10%もの税率を是とする意見が35%近くもいること自体に驚かされる。

「国の膨大な借金額を考えると増税もやむなし」、「社会保障費に充てるなら賛成」、「増税先送りは将来世代へのツケ回しにしかならない」などと妙に物分かりのよい意見を吐き始めるから手に負えない。

彼らは我慢や辛抱をするばかりで、なぜ、「これ以上国民に負担を押し付けるな」、「予算が足りないなら国債をもっと出せ。それでも足りないなら紙幣を増刷しろ」、「消費税なんて廃止しろ」と要求できないのか?

“日本は借金大国だからこれ以上成長できない”という捏造されたインチキ教義を盲信するあまり、自分たちの生活向上に資する正当な政策を訴えられないなんて、何とも情けない話ではないか。
目に前に食糧が置かれているのに、それは毒だから食べてはならぬという大嘘を信じ込み、隣人の食糧を奪ったり、餓死したりするようなものだ。

肝心の国民がこんな体たらくでは、「上からか、草の根からか」という対立軸が生じる可能性は極めて低いと言わざるを得ない。

上下の対立構造になる前に、草の根階層に属しているくせに、いつの間にか上から目線で生意気な口を叩き、足を引っ張る輩が続発するから、せっかくの草の根運動もあちこちで分断されてしまうのがオチだ。

草の根が草の根らしく機能するためには、国民自身が、他者の権益を大切にしながら、政府に対して自分たちの要求を通そうとするマクロ的視野と寛容の精神、それに、緊縮教徒の脅しを跳ね返せるだけの強靭な意志が必要になるだろう。

「消費税は平等」と主張するエセ論者

我が国は20年もの間、世界でも稀な“非成長国”たる地位に甘んじてきたせいか、多くの国民は経済成長の大切さを忘れ、雇用の質や所得の向上に諦観の念を抱きつつある。

“希望失調状態”に陥り抵抗力を失くした国民の周囲には、いかがわしい学者や論者が跋扈し、増税社会保障費&歳出の削減を囁きつつ、国民の意識から“希望や期待”を完全に消し去ろうとする。

実際、消費増税社会保障費削減を声高に叫ぶエセ論者(自称プロの経済学者)の中には、次のような主張をする者がいる。

GDPの6割を占める消費が弱いのは、国民が「社会保障制度の持続可能性」に不安を抱えて貯蓄に勤しみ消費を手控えているせいだ。

②増える一方の社会保障費を増税なしで賄うとすれば、無税国家にして100兆円規模の国債発行が必要になるが、そんな馬鹿な真似はできない。

社会保障費を捻出するには消費税増税しかない。
消費税は「一番平等な税」だ。なぜなら、個々人が得る所得は、生涯を通じて必ず消費に回るからだ。所得に占める貯蓄割合が高い高所得者だって、将来消費するために、いま貯蓄をしているに過ぎない。

巷で学者やエコノミストを称したり、経済本(※売れぬまま在庫山積みのようだが…)を出したりする“プロ気取りの連中”が、レベルの低いバカ論を垂れ流すのには呆れ果てるしかない。

残念ながら、エセ論者の空論は現実の前では哀れなほど無力だ。

内閣府が行った調査(国民生活に関する世論調査H29)によると、政府に対する要望として多かったのが、
「医療・年金等の社会保障の整備」65.1%
景気対策」51.1%
高齢社会対策」51.1%
「雇用・労働問題への対応」37.3%
といった課題で、これらは、国政選挙の際に各政党へ求める政策とほぼ一致する。

これらの項目を素直に読み解くと、
「年金支給開始年齢引き下げや医療・介護費用負担の軽減、子育て支援の充実などの社会保障制度を拡充してほしい」
景気対策をして、仕事を増やし、所得を向上させてほしい」
高齢者が安心して暮らせるよう医療費・介護費用負担の削減、地域医療体制の充実を図ってほしい」
「雇用の質を上げるために、非正規雇用から正規雇用への登用拡大と長時間労働の規制強化を実現してほしい」
といったものになるだろう。

だが、エセ論者は、「医療・年金等の社会保障の整備」という国民の声を「社会保障制度の持続可能性確保」、つまり、『社会保障費の削減とサービスの切り下げ』にすり替え、社会保障制度の縮減と劣悪化を前提に話を進めようとするから始末が悪い。

先ず、①の国民の消費力低下は、社会保障制度の持続可能性に対する不安ではない。
単に、雇用の質が劣化(非正規割合増加やポスト削減等による不安定化)し、所得が低迷(1997年をピークに長期低迷中)し続けている厳しい環境下で、増税社会保障費負担の増加による支出増が相次いだことが原因であることくらい小学生でも解る。

多くの国民は現行の社会保障制度にさえ強い不満や不安を抱いているのに、この上更なる制度の劣化を許せば、社会保障に対する不安は益々増大し、将来不安を抱えた国民は消費をもう一段抑制し、貯蓄に励まざるを得ないだろう。

次に、②の大規模国債発行や無税国家不要論について、逆に100兆円規模(※2016年度予算ベースでは保険料66兆円、税金45兆円)にもなり、年間2兆円近いペースで増加する社会保障費を、社保料や税といった国民や企業負担で賄い切れると考える方がどうかしている。

社会保障費の増大は、少子高齢化や生産年齢人口の減少という人智の及ばぬ天災(=人口動態の変化)によるものであり、長期不況で疲弊しきった国民や企業にこれ以上の負担を求めるなど愚の骨頂だ。

大規模国債発行や日銀の直受け、政府紙幣発行など、国民負担にならぬ手法を積極的に活用して社保財源の国民負担率をもっと減らしてあげないと国民の消費力(=需要力)は上がらない。

最期に③の“消費税は平等な税”なる質の悪いまやかしについて指摘しておく。
その根拠となる「個々人が貯め込んだ過去の貯蓄は、必ず老後に使用される」という妄想は、生活実態を何一つ知らぬシロウト論でしかない。

旭化成ホームズの「親と子の財産相続に関する意識調査」によると、土地・建物・預金・貯金を合わせた遺産の総額平均は4,743万円で、うち土地や建物分3,047万円を除くと、預貯金などの金融資産は1,700万円近くにもなる。
この数値は、65歳以上の世帯平均貯蓄額(2,499万円)からしてほぼ妥当な水準であり、実際には、一般の国民は貯蓄を全て使い切ることなく多額の資金を使い残したまま生涯を終えている。

そもそも、“誰もが生涯で所得を使い切るから、消費に掛かる消費税は平等な税だ”という論拠自体がまったく意味不明なのだが、所得の多寡に対する逆進性が極めて強い消費税が平等なはずがない。

GDP成長の四番打者である個人消費活性化のためには、消費力を担保する所得の増進が欠かせず、所得増進のためにはその源泉となる他者による消費や投資の活性化が不可欠だ。

消費税という存在は、個人・法人を問わず、消費や投資へ無用なペナルティーを課す悪税であり、消費や投資が生み出す所得の発育の妨げにしかならない。

屁理屈と詭弁ばかりで消費増税社会保障制度の劣悪化を訴えるエセ論者は、顔を洗って経済の基本から勉強し直すべきだろう。